宗教的修行としての性器切断
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/03/19 05:03 UTC 版)
「性器切断」の記事における「宗教的修行としての性器切断」の解説
古代キリスト教最大の神学者、アレキサンドリアの教父オリゲネスは、性欲を絶つために自己去勢したことでも有名である。彼の弟子のヴァレリウスは、師の教えを継いで、250年からヴァレリウス派を開いたが、この宗派は去勢宗とも呼ばれている。 ビザンチン帝国には「聖職者宦官」の制度があり、「宦官修道士」のための専用修道院も建設された。コンスタンディヌーポリ総主教にも、皇帝ミカエル1世ランガベーの皇太子から聖職者宦官になった聖イグナティオス[要曖昧さ回避]、皇帝ロマノス1世レカペノスの皇太子から聖職者宦官になったテオフラクトスなど、複数の去勢者が存在した。 日本では、陰茎のことを俗に「魔羅」と呼ぶ。これはインドの悪魔「マーラ」に由来するもので、中国に伝わり漢語となったものが「魔羅」である。悪魔とは神仏に相対する存在であり、すなわち「邪」、修行の妨げとなるものと解釈される。この結果、性欲を司る陰茎が魔羅と呼ばれ、これを切断することを「羅切」と呼んだ。 宗教に身を置く者の場合、この「修行の妨げとなる禍々しき存在」はその当人に対して様々な肉体的精神的問題を引き起こす。宗派・教義にもよるが、そうした理由から去勢が慣習となるものが見られ、今尚一部の、特に民族的な宗教において存在する。一方で、教義の中で特に明記してなくとも、欲を絶たねばならない思いと、それとは裏腹に沸き上がる性的欲求とに苛まれ、切断する僧侶もおり、報じられることもある。 日本においても、平安時代の宇治拾遺物語のなかに、修行のために陰茎を羅切したように見せ掛けて寺を訪れ、見破られる「偽羅切僧」の話があり(巻一・第六・中納言師時が法師の男根をあらためた事)、僧侶の羅切という行為が必ずしも珍しくなかったことが推測される。 また江戸時代の僧侶である了翁道覚は、1662年(寛文2年)33歳の時に、性欲に悩み、迷いを断つために自ら小刀で男根を切り取ってしまった。 その後、傷口の治療に自ら使用した薬を、「錦袋円」と名づけて売り出したところ、江戸名物になったと言われている。 最近の具体例としては、2006年、タイで35歳の仏教修行僧が自ら陰茎を切断し、病院に担ぎ込まれるも接合手術を拒否した事例がある。
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