大阪編「心斎橋」パート(1962年 - 1964年)
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安子がるいを置いて渡米してから月日が流れ、1962年(昭和37年)に千吉が死去。雉真家では女中の雪衣が勇と結婚し息子の昇が誕生していた。雉真家に縛られたくない思いから額の傷の治療を拒否し、傷跡を前髪で隠し続ける17歳のるいは、千吉の葬儀の日、勇に岡山を離れ一人で生きる決意を語る。 るいは大阪でホテルの採用面接に臨むが、額の傷が原因で失敗。面接会場に向かう最中のアクシデントに対処してくれた竹村平助と妻・和子が営む竹村クリーニング店の住み込み店員になる。 就職して程ないある日、一人で店番中に大量の洗濯物を持ち込む青年が来店。呆気に取られて名前を聞き忘れたるいは、彼を「宇宙人」と仮に呼ぶ。その後もるいは彼の名前を聞きそびれるなか、新米弁護士で店の常連客・片桐春彦に誘われ映画デートに出かける。しかし偶然額の傷を見られ気まずい雰囲気となりデートを切り上げて立ち去る。そして落ち込みながら入ったジャズ喫茶で、宇宙人と密かに呼んでいた客がトランペットを演奏する姿を目にする。「ジョー」と呼ばれる彼から「サッチモちゃん」と呼ばれ気軽に話しかけられたるいは、ジャズ喫茶のオーナーから大口の仕事の依頼を受ける。以来、ジョーと親しくなっていき、彼の本名が「大月錠一郎」であると知る。同時に、彼にとって特別な曲である「ルイ・アームストロング」の「On the Sunny Side of the Street」を耳にするようになったるいは、母と過ごした幼い頃の記憶が蘇り複雑な思いを抱くようになる。そんな悩みを錠一郎に打ち明け母への思いが氷解したるいは、彼と惹かれあっていきやがて求婚される。当初るいは、額の傷が原因で破局することを恐れて適当な嘘で断るが、傷を見た錠一郎はるいを優しく抱きしめる。 ジャズトランペットのコンテストに優勝し東京の芸能プロダクション・ササプロと契約した錠一郎は、デビュー後にるいと東京で暮らす約束をしてレコーディングの為に上京。彼を応援し信じて待つるいだったが、デビューコンサートが延期、更に錠一郎と社長令嬢の笹川奈々が交際し社長を怒らせたとの噂を聞く。その頃錠一郎は、次第にトランペットが吹けなくなるがその原因が特定できず、医者を何件受診しても一向に状況は改善しないため社長にデビュー中止を言い渡されていた。急遽帰阪しるいと再会した錠一郎は、彼女の幸せを願い敢えて奈々を好きになったと嘘をつき、一方的に別れを告げる。るいはひどく落ち込むが真相を知り、塞ぎ込む彼に寄り添おうとする。彼女を拒否し続ける錠一郎は、二人の思い出の海に行き入水自殺を図るもるいに止められ、自身にとってのひなた(サニーサイド)が見えず暗闇状態な現状を悲観し泣き崩れる。るいは錠一郎をなだめながら、これから自身が守ることを誓い抱きしめる。
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