国鉄時代 開業以後とは? わかりやすく解説

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国鉄時代 開業以後

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/09 18:27 UTC 版)

山陽新幹線」の記事における「国鉄時代 開業以後」の解説

1972年昭和47年3月15日山陽新幹線 新大阪 - 岡山開業「ひかり」所要時間最短東京 - 岡山間が4時10分、新大阪 - 岡山間が58分。「ひかりは西へキャンペーン開始。「1972年3月15日国鉄ダイヤ改正」の項目も参照1974年昭和49年4月20日新幹線総局博多総合車両部発足7月博多総合車両部開設8月1日新幹線総局広島新幹線運転所発足12月22日山陽新幹線 小倉 - 博多間と筑豊本線 筑前垣生 - 筑前植木間にある交差地点で、博多開業訓練運転列車重連蒸気機関車による「100周年記念号」の、「これから来るものと去りゆくものの交差」を門司鉄道管理局演出1975年昭和50年1月20日大阪運転所岡山支所が、大阪第一運転所岡山支所改称3月10日山陽新幹線 岡山 - 博多延伸開業により、全線開通所要時間最短東京 - 博多間が6時56分、新大阪 - 博多間が3時44分。キャッチコピーは「ひかりライン」。「1975年3月10日国鉄ダイヤ改正」の項目も参照11月26日: スト権ストにより12月4日0時まで全列車運休1976年昭和51年7月1日ダイヤ改正東京 - 広島間の「ひかり」増発。準速達の「Aひかり」は新倉敷駅三原駅通過広島駅以西各駅停車となる。 1980年昭和55年10月1日ダイヤ改正により次のように変更三原 - 博多間の160 km/h制限解除により、所要時間東京 - 博多間が6時40分、新大阪 - 博多間が3時28分となる。 「こだま」東海道直通「ひかり」削減10月15日大阪第二運転所広島支所発足1983年昭和58年6月20日自由席特急券での小倉博多間の普通車指定席利用認め特例開始7月1日小倉 - 博多間に臨時「こだま」491号・490号が運転開始16両のうち7両が乗車可能、全車自由席1985年昭和60年3月14日ダイヤ改正所要時間東京 - 博多間が6時26分、新大阪 - 博多間が3時16分となる。 6月24日小倉 - 博多「こだま」用の0系R編成(6両)が運転開始10月1日100系新幹線「ひかり」3号28号営業運転開始1986年昭和61年11月1日ダイヤ改正により、次のように変更最高速度220 km/h引き上げられ所要時間東京 - 博多間が5時間57分、新大阪 - 博多間が2時間59分になる。 山陽区間のみの「ひかり」一部12両(Sk編成)、「こだま」が6両(R編成)に短縮1987年昭和62年3月1日大阪第一運転所岡山支所岡山新幹線運転所改称大阪第二運転所山陽新幹線担当分離し大阪新幹線運転所発足

※この「国鉄時代 開業以後」の解説は、「山陽新幹線」の解説の一部です。
「国鉄時代 開業以後」を含む「山陽新幹線」の記事については、「山陽新幹線」の概要を参照ください。

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