古代インカ帝国において
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/07/04 05:28 UTC 版)
インカ文明の集団墳墓では、しばしば頭骨に大きな穴の開いた物が発見されるため、古代インカ帝国では(神秘主義的な)頭部穿孔が流行していたとする者もある。中には「穴の開いている個所が同じ」であるとして精神外科(ロボトミー)の施術によるオーパーツだと主張する者すらいる。 しかし実際には、当時の鉄の存在を知らなかった南アメリカでの戦争の様式が「石を投げあい、棍棒で打ち合う」というもので、特に棍棒にいたっては、石を加工して作った打撃ハンマー(中央に穴の開いた星状の石が先端にはめ込まれている)で、頭に当たれば頭蓋骨骨折を起こす物だった。このため兵士や戦闘に巻き込まれた民衆達は、絶えず頭蓋骨骨折等の負傷を受ける危険にさらされ、これによって頭骨骨折の治療技術が発達したと現代の考古学では考えられている。 頭骨が骨折する程に強い打撃を受けた場合、骨の下の硬膜下にあるクモ膜の血管が切れて血腫と呼ばれる血の塊ができる。これは急性硬膜下血腫と呼ばれ、早急に頭骨に穿孔して固まる前の血を排出させないと、脳を圧迫して意識を失い、最終的には死にいたる。また早期治療が行われないと、予後が非常に悪い事もあるため、現代医療でもしばしば行われる治療であり、疑似科学や神秘主義的な頭部穿孔とは全く別の、現代医学と同様の理由に基く物である(むろん、頭部穿孔が治療法としては適切ではない傷病に、頭部穿孔が行われた事もあるだろうが、当時の医学的水準の問題である)。 インカでは、薬物であるコカインの原料として知られるコカが栽培されており、その葉は滋養強壮や傷の麻酔に利用されていた。これを使って古代インカの脳外科医らは苦痛に患者が暴れる心配もなく、患者の頭部を切開、脳を傷つける恐れのある頭骨の破片を取り除いて縫合する事が出来た。またインカ帝国は押並べて高山地帯の寒冷地に都市が集中していた事もあり、周辺の雑菌も比較的少なかったために、感染症を起こす率も低かったという。 これら頭蓋骨骨折治療を受けた患者は、その頭蓋骨の分析から、平均して数年から十数年程度は生き長らえていたという説もあり、当時の平均寿命が30~40歳だったことを考えても、まずまず天寿を全うしたといえよう。 このような理由により、前出の「オーパーツだ」とする主張は成り立たない。兵士同士の戦闘行為の最中における負傷なら、顔の前面から前頭部分に負傷が集中しやすい。これがたまたま現代のロボトミー手術と同じ個所に穴があるからといって、同じ個所から器具を挿入して、脳に何等かの処置を行ったとは限らない。別の個所に対しても、同じように施述した痕跡もみつかっている。なお当時の手術用具には、頭皮を切開したり頭骨を穿孔ないし切削するための器具は残るものの、脳に対して何等かの処置をほどこすための器具は発見されていないことも、考古学がロボトミー説に対して否定的な理由として挙げられる。 なおインカ文明とは別となるプレ・インカやメソアメリカ(中南米)の民族文化としては頭蓋変形も見られるが、これはやや別の話である。
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