古代アゴラ (テッサロニキ)とは? わかりやすく解説

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古代アゴラ (テッサロニキ)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/08/19 20:17 UTC 版)

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テッサロニキの古代アゴラギリシア語: Αρχαία Αγορά, 英語: Ancient Agora)は、ギリシャテッサロニキにある古代ローマ時代の2世紀頃に造られたアゴラ(またはフォルム)のこと。街の中心にあるアリストレレス広場の北東に隣接している。ローマ時代のアゴラフォルム・ロマヌム(ローマン・フォーラム)ラテン語: Forum Romanum)と表記されることもある。

このアゴラ遺跡は、1960年代から発掘が行われ、二重列柱廊に囲まれたフォルム(公共広場)を中心とし、小規模な屋外劇場(オデオン)も備えていた。このアゴラは帝政初期頃に造られた古いアゴラ(フォルム)のあった土地に、2世紀頃に建設が行われ、テッサロニキの行政の中心施設として利用されていた。中央部分は敷石舗装された長方形のフォルム(公共広場)で、その3面を二重列柱廊が囲んでいた。列柱廊はアゴラを囲む公共的建築物への通路としても使われた。南側の柱廊は、(敷地が斜面となっているために、アゴラ全体の水平レベルを取るため)地下回廊が設けられた2階建てであった。この地下回廊部分は、現在のフィリッポウ通り沿いにあった商店街に面していた。東側の回廊は、当時の行政庁舎に面しているとともに、屋外劇場(オデオン)にも面していた[1]。屋外劇場(オデオン)は2000から2500人の収容人員であった。南側(南東側)のフォルムの入口の柱廊部分には、2世紀頃造られたインカンターダ(Incantadas)と呼ばれる石像が一体となったが柱が並んでいたが、1864年に、これらの石像はパリのルーヴル美術館に移設された(片側にマイナス, アリアドネー, レダ像、もう片側にニーケー, アウラ, ディオスクーロイ, ガニュメーデース像が置かれていた)[2][3]

現地へのアクセス

関連項目

参考文献

  1. ^ Ministry of Culture and Sports | Ancient Agora of Thessaloniki http://odysseus.culture.gr/h/3/eh351.jsp?obj_id=2457
  2. ^ http://www.enjoythessaloniki.com/visit/ancient-monuments/the-ancient-agora-roman-forum/
  3. ^ The Princeton Encyclopedia of Classical Sites http://www.perseus.tufts.edu/hopper/text?doc=Perseus%3Atext%3A1999.04.0006%3Aalphabetic+letter%3DT%3Aentry+group%3D3%3Aentry%3Dthessalonike

座標: 北緯40度38分17秒 東経22度56分46秒 / 北緯40.638度 東経22.946度 / 40.638; 22.946




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