医療と万能薬
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/05/29 02:11 UTC 版)
医療の世界で万能薬のようなものを求めることは古代から行われてきた。「滋養強壮薬」とされるもの(たとえばアダプトゲンなど)の中には、万能薬的に扱われてきた面があるものもある。 近代や現代の医師や医療従事者も、万能薬を期待してきた。もしも万能薬があれば、診察や診断を重ねる作業を省略できる。診断という行為は、その数分の1は失敗つまり誤診であり、決してたやすい行為ではない。医療関係者は(患者の前でそんなことを語りはしないが)自分たちが行う診断は実はしばしば不確かなものだと知っており、時間と神経を使うので、もしも診断という行為をせず、機械的に処方できるなら万能薬があったら便利で気が楽だ、とつい考えてしまう。 例えば、20世紀に第二次世界大戦が起きていた当時、抗生物質の一つであるペニシリンは大量生産され、医療関係者はそれを「magic bullet 魔法の弾丸」ともてはやした。この「魔法の弾丸」という言葉は「万能薬」とほぼ同じニュアンスで用いられている。第二次世界大戦時に欧米で一番問題になっていたことは、兵士たちが戦場で負傷し数十万人単位で戦死してしまうことだったので、ともかく死亡させないことが肝心だと考えられ、死なせなければ問題がほとんど解決したかのように考えられていたのである。 ペニシリンを処方すれば、破傷風などはたちまち治ったので、それこそ医学校を卒業したばかりの未熟で、経験不足の医師ですらとりあえず成果が出せ、医療関係者の自信を支えた。医師の間にある種の万能感のようななものさえ生まれ、「20世紀中に全ての疾患を撲滅できるだろう」などという発言を、まことしやかに語る医師・医学研究者も多かったという。 この抗生物質に対する医療関係者の依存状態は、戦後にペニシリン以外にも様々な抗生物質が供給されるようになってさらに拡大、様々な治療に利用されるようになった。 (たしかに抗生物質は、細菌が体内に入りこんだ場合はそれなりに効果はあるものの)その後、戦争が落ち着き平和がやってきて外傷患者の割合が激減すると、全患者の統計をとると、抗生物質では解決できない疾患のほうが大部分を占め、結局、やはり解決できないことのほうが多い、と医療関係者も気付かされた。こうして「万能感」は徐々に失われたわけだが、それでも抗生物質は何かと頼りになる薬、「頼みの綱」的な存在であった。だがさらに時が経ち、抗生物質も効かない菌まで発見された時には、医療関係者の間に大きな衝撃が走り、恐怖を感じる者も多かったという。 また、全ての感染症に適用可能な抗生物質などというものは無いわけで、その各々の抗生物質に得手不得手があるだけではなく、疾病の原因でもなんでもないどころか健康維持に役立っていることもある常在菌まで根こそぎにしてしまうという大問題を含んでいるほか、抗生物質の投与によってアレルギーやアナフィラキシー・ショック(「ペニシリン・ショック」など)などの深刻な副作用を引き起こしてしまった。また、(単一ではないにしても)抗生物質のどれかは効くだろうと考えていた医療関係者は、抗生物質の過度の使用が耐性菌を多数出現させ、どの抗生物質も効かない、という深刻な事態を引き起こしてしまったのである。
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