伝世史とは? わかりやすく解説

伝世史

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2020/07/23 03:05 UTC 版)

世本」の記事における「伝世史」の解説

成立して後に漢室秘府所蔵されたとされ、『漢書』芸文志春秋家に「世本十五篇」と見え上述のように『史記』(紀元前90年頃成著)の編述供された他、成帝綏和元年紀元前8年)に孔何斉(こうかせい)(中国語版)が殷紹嘉(いんしょうか)侯(中国語版)に封ぜられる際の典拠の一とされている。その後後漢宋均そうきん)[要検証ノート]や応劭おうしょう)、宋衷、更に年代不明の王(おう)氏、孫検(そんけん)等が注を加え、それら校注本も原書併行して流布したらしい為に隋唐期になると原書校注本との差も判然としなくなったようで、初唐『隋書』経籍志には「世本王侯大夫二巻」「世本二巻劉向撰」「世本四巻宋衷撰」と3書が併録、旧新両『唐書』には宋衷撰「世本四巻」、「世本別録一巻」、宋均注「帝譜世本七巻」、王氏注「世本二巻」の4書が併録されこの中で劉向撰とするのは劉向秘府蔵書整理校訂担当した際に筆写乃至摘録したもの如く、また「世本王侯大夫譜」は原書15篇中の「譜」篇であったかも知れないが、宋衷撰とするのは明らかに宋衷校注ではないかとされているからこの段階で原書校注本との判別不可能な態となっていた模様だとされている。その一方で『漢書』芸文志に「黄帝以来春秋時」とあるのに現伝逸文には戦国末から秦初の記事見えるので、唐劉知幾をして秦末の一好事家の手に成るものと断ぜしめたような秦漢以降の人の手加わったものも混淆したらしく、それと併せて原書にせよ校注本にせよ転写重ねる中での誤写増え、唐孔穎達初唐当時に伝わる『世本』を誤り多く本来の姿失した依憑とするに足りないものと評し、更に司馬貞拠れば初期に既に散逸始まっていたという。 それはそれとして北宋期に旧新両唐志に著録されたり太平御覧』他に引用されたりし、また南宋高似孫(こうじそん)が輯本を編む等しているのでそれなりに伝わっていた様が窺えるが、それを最後に輯本共々亡佚したようで以降古書引用され逸文伝えられるのみとなった。なお、亡佚の時期に就いて南宋代に本文失せた宋衷等の注本はなお存したとする説もあるが定かでない。 明以降逸文収集輯本編纂動き始まり清に入ってはそれが盛んとなって、銭大昭せんたいしょう)(中国語版)、(1)王謨(おうぼ)(中国語版)、銭本を底にした(2)孫馮翼(そんひょうよく)(中国語版)、その孫本を補訂した(3)陳其栄(ちんきえい)、洪貽孫(こういそん)、その洪本や孫星衍所蔵の明澹生堂(たんせいどう)輯本[要検証ノート]等を底にした(4)秦嘉謨(しんかぼ)、(5)張澍(6)学淇(らいがくき)(中国語版)、(7)茆泮ぼうはんりん)、等がそれぞれ輯本編み、また(8)材(おうしざい)(中国語版)が『世本集覧』を著している。この中(3)陳本迄は未だ乱雑で、(4)秦本は最も多く取材する他書条文混入しており、(5)張本恣意的な解釈多く、厳密性では(7)茆本が最も優れ(6)本がこれに亜ぐまた、(8)『集覧』は目録通論主として逸文自体載せていない。なお、上記(1)から(8)が『世本八種』と題され1957年商務印書館から翻刻されている。

※この「伝世史」の解説は、「世本」の解説の一部です。
「伝世史」を含む「世本」の記事については、「世本」の概要を参照ください。

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