中止・変更とその理由
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/07/21 08:18 UTC 版)
日本のプロ野球の風習において、ビールかけは毎年必ず行われるわけではなく、種々の理由で中止されたり、かける物が変更されたりしたこともある。 プロ野球年度チーム中止の理由1973年(昭和48年) 巨人 試合終了後に騒動があったため、川上哲治監督の「今日はもう早く帰りたい」の一言で中止。 1982年(昭和57年) 西武 前期優勝決定後は行わず。プレーオフ勝利後に行っている。 1985年(昭和60年) 西武 リーグ優勝決定日に広岡達朗監督が体調不良で欠場していたことから、優勝パーティーはあったがビールかけのセレモニーはしなかった。ただパイ投げなどをする選手が若干名いた。帰京してから広岡監督を交え、改めて祝勝会・ビールかけを行った。 1988年(昭和63年) 中日西武 昭和天皇の病状を考慮して中止。ただし祝勝会は「慰労会」として実施。尚、西武は日本シリーズの祝勝会でビールかけを行っている。 1997年(平成9年) ヤクルト シャンパンファイト。ビールは使用せず。 1999年(平成11年) ダイエー オーナー企業のダイエーが小売業で、「商品として販売するものを無駄にしてはいけない」という中内㓛オーナーの考えから、ビール掛け用にダイエー本社が独自に製作した「祝勝水」(炭酸水)で代用。2000年も同様。 2000年(平成12年) 巨人 シャンパンファイト。ビールは使用せず。 2001年(平成13年) ヤクルト近鉄 アメリカ同時多発テロ事件を考慮して中止。 2014年(平成26年) 阪神 リーグ2位でのクライマックスシリーズ優勝時、「あくまで日本一への通過点」として開催せず。日本シリーズでは敗退したため、ビールかけは行われなかった。 2020年(令和2年) 巨人ソフトバンク 新型コロナウイルス感染防止のため。巨人は祝勝会自体を開催せず。ソフトバンクの祝勝会はくす玉とクラッカーのみで短時間で終了。日本シリーズ優勝後の祝賀会も同様の措置が取られた。 2021年(令和3年) ヤクルトオリックス 新型コロナウイルス感染防止のため。ヤクルトの祝勝会はアルコールなしで実施。オリックスの祝勝会はシャンパン型のクラッカーを鳴らす形で代替した。なお、日本シリーズはヤクルトが優勝したが、こちらの祝勝会では非公開の形でビールかけが行われている。 1984年(昭和59年)に広島が優勝した折には、「ビールかけは資源を浪費する無益な行為」という投書が直前に新聞に掲載されたため、報道陣をシャットアウトしてビールかけを行った例がある。 1995年には阪神・淡路大震災が、2011年には東日本大震災がそれぞれプロ野球開幕前に発生したが、それぞれの覇者であるヤクルトスワローズ、オリックス・ブルーウェーブと中日ドラゴンズ、福岡ソフトバンクホークスはビールかけを自粛せず実施した。また、2004年には日本シリーズ開催中の10月23日に新潟県中越地震が発生したが、日本シリーズ勝者の西武ライオンズは予定通りビールかけを実施した。 1990年(平成2年)には、シーズン終盤の9月4日に当時の吉國一郎コミッショナーが「飲食物を粗末にすることに違和感がある」として、優勝時のビールかけの自粛を求める「強い要望」を述べたが、この年優勝した巨人・西武ともこの要請を無視する形でビールかけを実施した。 野球日本代表がワールド・ベースボール・クラシックで優勝した際(2006年、2009年)には、ロッカールームでシャンパンファイトが行われた。
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