ローリング・ストーンズとの関係
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「スティーヴ・ジョーダン (ミュージシャン)」の記事における「ローリング・ストーンズとの関係」の解説
ローリング・ストーンズのチャーリー・ワッツが、ヘロインとアルコールの濫用の問題から抜け出せないでいた1980年代半ば。ジョーダンは、シェイファーの下で同窓だったフィグと共に、1986年のアルバム『ダーティ・ワーク』に参加。これをきっかけに、キース・リチャーズは、アレサ・フランクリンによるストーンズの「ジャンピン・ジャック・フラッシュ」のカヴァーレコーディングにジョーダンを起用している。 リチャーズによると、スティーヴはデトロイトでのこのレコーディング・セッションから帰る途中の飛行機の中で、制作予定のチャック・ベリーに捧げるテイラー・ハックフォード監督の映画『Hail! Hail! Rock 'n' Roll』に使ってくれ、とお願いをした。キースは、このプロジェクトにチャーリーが戻って来られることを望んでいたが、見通しが付かなかったため、ジョーダンを指名した。スティーヴは、チャック・ベリーやキース・リチャーズと共に、いくつものシーンに出てくる。 このプロジェクトの成功は、リチャーズのソロ・プロジェクト "Keith Richards and the X-Pensive Winos" にも繋がっていく。リチャーズのソロ・アルバム『トーク・イズ・チープ』 と『メイン・オフェンダー〜主犯〜』 のレコーディングに参加、作曲者としてもクレジットされ、またツアーにも参加している。『トーク・イズ・チープ』のセッションを通じて生まれた「Almost Hear You Sigh」は、ストーンズのアルバム『スティール・ホイールズ』に収録され、シングル・カットされてビルボード・シングル・チャートの50位にチャート・インしている。 2015年にリリースされたリチャーズのソロ・アルバム『クロスアイド・ハート』でも共同プロデューサーを務め、レコーディングでもドラム、パーカッション、バッキング・ボーカル、ホーン・アレンジ等に貢献した。 2021年8月死去したチャーリー・ワッツに代わって9月からのローリング・ストーンズ全米ツアーに参加することとなった。
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ローリング・ストーンズとの関係
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「ジミ・ヘンドリックス」の記事における「ローリング・ストーンズとの関係」の解説
渡英後間もない時期のヘンドリックスと最も親しかったのは、ブライアン・ジョーンズ(ローリング・ストーンズの初期リーダー、ギタリスト)だったと言われる。ジョーンズはヘンドリックスがイギリスのミュージックシーンで人脈を築くのを助けたほか、アメリカへの逆上陸となったモンタレー・ポップ・フェスティバル(1967年)では、ヘンドリックスを観客に紹介する役も買って出ている。この時期、ジョーンズはミック・ジャガー(ローリング・ストーンズのボーカル)達と仲違いし、ストーンズ内で孤立し始めていた。ヘンドリックスはジャガー達に憤っていたらしく、自身のステージにジャガーとマリアンヌ・フェイスフル(女優兼歌手、当時のジャガーの恋人)が顔を出した際に2人の間に割り込んで座り、フェイスフルに「この後、俺と付き合えよ」と聞こえよがしに発言。隣のジャガーは、ヘンドリックスの挑発的な言葉に気づかない振りをしたため、その場で喧嘩になるようなことはなかった。ジョーンズが1969年7月に急逝した後、ヘンドリックスは追悼の意を込めて「Lovers」を制作している。 とはいえ、ミック・ジャガーはヘンドリックスへの敬慕の念を常々表明しており、ヘンドリックスの死後に制作された伝記映画『Jimi Hendrix』(1973年)に登場しインタビューに答えている。1980年代末のソロ活動の際には「Red House」や「Foxy Lady」といったヘンドリックスの曲をステージで披露し、大きな話題を呼んだ。また、ジャガーは「俺はジミと一緒にレコーディングしたことがある。どこかにそのテープが残っているはずだ」と述べている。 ヘンドリックスが初めて手にしたストラトキャスターは、元々はキース・リチャーズのものだったという説がある。ヘンドリックスをチャス・チャンドラーに紹介したリンダ・キースがリチャーズの恋人だったため、リチャーズが所有していたストラトをリンダがヘンドリックスに渡したというのだが、諸説あり真偽は不明。ストラトは高価なギターだったために、無名時代のヘンドリックスには手が届かなかったと言われている。 ミック・ジャガーの実弟のクリス・ジャガーは、'60年代にミュージシャン向けの衣料店を経営しており、古い軍服などを販売していた。渡英したヘンドリックスがそれらの衣装を気に入って着用したことが、いわゆるミリタリーファッションの起爆剤になったという(クリス・ジャガーの談話)。
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