ローリング・ストーンズのバージョン
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/13 07:11 UTC 版)
「ノット・フェイド・アウェイ」の記事における「ローリング・ストーンズのバージョン」の解説
1964年、ローリング・ストーンズが、「ノット・フェイド・アウェイ」を強烈なボ・ディドリー・ビートで吹き込み、イギリスでは大ヒットとなった。アメリカ合衆国では、最初のシングルのA面としてこの曲がリリースされた。 ローリング・ストーンズの「ノット・フェイド・アウェイ」は、彼らにとって最初期のヒット曲のひとつとなった。1964年1月に録音されたこの曲は、「リトル・バイ・リトル(英語版)」をB面にして、1964年2月21日にデッカ・レコードからリリースされ、彼らにとって最初のトップ10ヒットとなり、イギリスのチャートでは3位まで上昇した。1964年3月、この曲は、アメリカ合衆国でリリースされるローリング・ストーンズの最初のシングルとなり、「彼氏になりたい」をB面にロンドンレコードからリリースされた。実際には、その直前に「彼氏になりたい」をA面、「ストーンド(英語版)」をB面とするシングルが出されたが、発売直後に回収されていた。シングル「ノット・フェイド・アウェイ」は、アメリカ合衆国の『ビルボード』誌のチャート Billboard Hot 100 で、48位まで上昇した。『キャッシュボックス』誌のポップ・シングル・チャートでは最高44位となり、オーストラリアのケント・ミュージック・レポートでは最高33位となった。「ノット・フェイド・アウェイ」は、ローリング・ストーンズのイギリスにおけるデビュー・アルバム『ザ・ローリング・ストーンズ』には収録されなかったが、ひと月後に『イングランズ・ニューエスト・ヒットメーカーズ』というアルバム名でリリースされたアメリカ合衆国盤では、アルバムの冒頭に収録された。初期のローリング・ストーンズのコンサートでは、重要な曲のひとつとなっており、通常はショーのオープニングで演奏された。1994年から1995年にかけてのヴードゥー・ラウンジ・ツアー(英語版)では、再びオープニングの曲として用いられた。 チャート(1964年)最高位アイルランド (IRMA) 5 UK Singles (Official Charts Company) 3 US Billboard Hot 100 48
※この「ローリング・ストーンズのバージョン」の解説は、「ノット・フェイド・アウェイ」の解説の一部です。
「ローリング・ストーンズのバージョン」を含む「ノット・フェイド・アウェイ」の記事については、「ノット・フェイド・アウェイ」の概要を参照ください。
ローリング・ストーンズのバージョン
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/08/23 01:30 UTC 版)
「シスター・モーフィン」の記事における「ローリング・ストーンズのバージョン」の解説
ストーンズは1969年5月、アルバム『レット・イット・ブリード』のためのセッションの中で、この曲を録音している。この頃はまだブライアン・ジョーンズがグループに在籍していた時期だが、彼はこのセッション自体に参加していない。リードギターはライ・クーダーが担当。ジョーンズの後任としてストーンズに加入したミック・テイラーは、クーダーのこの曲でのプレイを賞賛している。『レット・イット・ブリード』の方には収録を見送られ、2年後の『スティッキー・フィンガーズ』で初登場した。ストーンズのコンサートでは長らく披露されないままだったが、1997年のツアーで初めて演奏された。その後2015年にも披露されている。
※この「ローリング・ストーンズのバージョン」の解説は、「シスター・モーフィン」の解説の一部です。
「ローリング・ストーンズのバージョン」を含む「シスター・モーフィン」の記事については、「シスター・モーフィン」の概要を参照ください。
- ローリング・ストーンズのバージョンのページへのリンク