サイパン戦へのアメリカ軍評価
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/06 10:48 UTC 版)
「サイパンの戦い」の記事における「サイパン戦へのアメリカ軍評価」の解説
アメリカ海兵隊の戦史局はサイパン戦での日本軍を「日本軍は最後は膝を屈したが、それでもよく戦った。世界中の兵士を比較した場合においても日本兵の粘り強さは最高水準にある。それは狂信的とも評価されるが公正な評価とは言えず、『実に素晴らしい愛国心』と評価すべきであろう。いずれにしても日本軍はどのような国とでも誇り高く戦える特徴を有していた。」 とサイパンでの日本軍の戦いぶりを評価する一方で、アメリカ軍自身へも「サイパン戦は、アメリカ陸海軍及び海兵隊が日本軍の障害を打ち破った大胆な冒険であった。それは強大な戦力を有する諸島の中心に、最寄りの拠点より1,000マイルを超えてアメリカの兵力と資材を送り込まなければいけないという課題があった。これまで飛び石作戦は600マイルを超えていなかったし、敵の強力な航空基地に守られていなかったが、このような状況でもアメリカ軍は勝利した。」と評価し大遠征作戦を成功させた自信も覗かせている。 また、マリアナ攻略艦隊第5艦隊司令スプルーアンス大将や統合遠征軍第51任務部隊ターナー中将などマリアナ攻略作戦の指揮官や幕僚らは、サイパン戦での日本軍の頑強な抵抗とその持続力に畏敬の念を抱き、戦闘は今後、ギルバート・マーシャル諸島の戦いの様に短期間で決定的な勝利を収める事はもうできないと考えた。サイパン上陸部隊の死傷率は最終的に20%を超える高い確率となり、(アメリカ軍が恐怖と呼んだタラワの戦いと同じ死傷率)今後はサイパン戦で立証された通り、戦いは長引き、そして多大な犠牲を強いるようになると確信した。その為、戦力増強が不可欠になると判断し、一旦延期となっていたグアム島の上陸作戦に陸軍第77歩兵師団の増強を要請している。 アメリカ軍当局はサイパン攻略の意義を喧伝したが、多くのアメリカ国民にとってはその意義よりはむしろ、タイム誌によってアメリカ国内に、「先週、約2,000ないし3,000のアメリカ海兵は、その大半が今や戦死したかもしくは負傷しているが、全国民にたいしてレキシントン・コンコードの戦いやアラモの戦いやリトルビッグホーンの戦いや ベローウッドの戦い(英語版)などの名前のわきに並ぶべき、不朽の名前を一つあたえた。その名前はタラワであった。」などと報道され、「恐怖のタラワ」としてアメリカ全土に衝撃を与えたタラワの戦いを上回る損失の方が注目され、軍への批判が高まった。この後、アメリカ海兵隊は硫黄島の戦いで更なる出血を強いられることとなったが、その際には、サンフランシスコ・エグザミナー紙から「硫黄島でアメリカ軍が余りにも重大な損害を被りつつあり、アメリカ軍がこうした損害に耐えきれなくなるという情勢が生まれてくることを示す恐るべき証拠がある。タラワやサイパンでおこったことと同じであり、もしこの状態が続くなら、アメリカ軍は日本本土に到着する前に、消耗し尽くしてしまう危険もある」と大損害を被った戦場の例として引き合いに出されて、今後のアメリカ軍の戦略を危惧する記事を報じられたほどであった。
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