コース侵入
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/17 02:28 UTC 版)
「2003年イギリスグランプリ」の記事における「コース侵入」の解説
11周目、ベケット・コーナーを抜けハンガー・ストレートに入るところでホランがフェンスを通り抜けキルトを着用した姿で「聖書を読みなさい」、「聖書は常に正しい」と書かれた幕を振りつつ、マシンの列に走って突っ込んでいった。いくつかのマシンはホランを避けて走行せざるを得なかった。マシンがコースを抜けていった後、最終的にホランはコース脇の芝生が生えたエスケープゾーンに戻っていき、マーシャルに取り押さえられている。 後日、ホランは悪質な不法侵入を犯したとして起訴され、ノーザンプトンの裁判所で有罪判決を受けた。ホランはコースに通じるゲートが開いているのを見て神からの啓示だと思った旨を主張したが、これに対して検察官はグランプリに来る前からホランが垂れ幕を用意していたことを挙げて、ホランの犯行は事前に準備された計画的なものであるとしてその主張を弾劾した。この事件により、ホランは2ヶ月間拘禁されることとなった。 この事件との比較で取り上げられたのが、1977年南アフリカグランプリでの出来事である。このレースでは、ボランティアのマーシャルだったフレデリック・ジャンセン・ヴァン・ビューレンが事故車処理のためメインストレートを横断していたところを、トム・プライスに時速270キロメートル超のスピードではね飛ばされた。ストレートは勾配の頂上に位置していたため、プライスがヴァン・ビューレンに気付いたときには既に手遅れだった。ヴァン・ビューレンは即死し、ヴァン・ビューレンが手にしていた消火器がプライスの頭を直撃したためプライスも死亡した。同様の事故は、2000年ドイツグランプリでも起こっている。メルセデスを退職させられた従業員が、不満を抱いて抗議のためにコース内を歩き回った末に拘束されたのである。これによってセーフティーカーが入り、マクラーレン-メルセデスを運転していたミカ・ハッキネンが築いていたリードを失ってしまった。この抗議のために侵入事件を起こしたドイツ人とは異なり、ホランは直接コースの中央まで走り出て、進行してくる車に対し意図的にふらふらと向かっていっている。 F1界のボスであるマックス・モズレーとバーニー・エクレストンのふたりは、かねてからシルバーストンのメディアと施設に対して極めて批判的であったため、この出来事をきっかけにシルバーストン・サーキットをF1のレース地から外すのではないかと関係者は危惧した。エクレストンは、「この事件は起こらなくてもよかったことだ。こんなことがなくても、レースは十分にエキサイティングだった。だが、セキュリティは十分だったとはいえない」と発言している。しかし、ドライバーたちやチーム代表者たちが、サーキットの擁護に回った。モントーヤは、「これは今年のベストレースの一つだったね。例の観客のことはあったにしても。今日は本当に面白かったよ」と述べた。ザウバーの代表であるペーター・ザウバーは、「誰かがパリの通りの真ん中で自分に火を点けたとしても、誰もパリのことは責めないだろう」と発言し、マクラーレン-メルセデス代表ロン・デニスも、「あれは誰にも避けようがない出来事だったよ」と述べている。 この闖入者を取り押さえたマーシャルに対しては、後に「シルバーストンにおける2003年イギリスグランプリ開催中コース侵入者に立ち向かったすばらしい勇気」を称えて、イギリス自動車レーシングクラブ(British Automobile Racing Club、BARC)のブラウニングメダルが贈られた。21年前に受賞したデビッド・パーレイ以来2人目のことである。
※この「コース侵入」の解説は、「2003年イギリスグランプリ」の解説の一部です。
「コース侵入」を含む「2003年イギリスグランプリ」の記事については、「2003年イギリスグランプリ」の概要を参照ください。
- コース侵入のページへのリンク