クーデター決行
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「5・16軍事クーデター」の記事における「クーデター決行」の解説
当初クーデターは、4・19学生革命から1周年となる1961年4月19日を予定し、革命1周年を記念する民衆蜂起或いは学生デモを鎮圧する口実の下に行う予定でいた。しかし、4月19日は期待していた民衆蜂起や学生デモが起こらず平穏に過ぎたため、クーデター部隊を出動させることができず失敗した。そのため、クーデター決行日を5月12日に延期し、再度計画を練り直したが、クーデター勢力の同志である李鍾泰大佐が計画を漏洩してしまったため、再度計画は延期され、1961年5月16日が最終決行日とされた。クーデターに参加した人物および兵力は以下の通りである。 第2軍副司令官朴正煕少将参謀長李周一少将(同徳台1期)、李洛善(朝鮮語版)少領 第30予備師団(兵力1,000名)作戦参謀李白一中領が指揮 第33予備師団(兵力1,000名)李炳燁大領、作戦参謀呉学鎮(朝鮮語版)中領が指揮 第1空輸特戦団(朝鮮語版)(兵力500名)団長朴致玉大領(陸士5期)、崔昭満中領、第1大隊長金焍民中領が指揮 海兵隊第1臨時旅団(朝鮮語版)(兵力500名)金東河(朝鮮語版)海兵予備役少将(同徳台1期、前第1海兵師団長(朝鮮語版))、旅団長金潤根海兵准将(同徳台6期)、第2副連隊長趙南哲海兵中領、第1大隊長呉定根海兵中領、人事参謀崔龍琯少領が指揮 第6軍団砲兵隊(5個大隊、兵力1,000名)司令官文在駿大領(陸士5期)、作戦参謀洪鍾哲大領が指揮第636大隊長:申允昌中領 第993大隊長:具滋春(朝鮮語版)中領 第933大隊長:白泰夏中領 第1重砲大隊長:鄭五敬中領 第911大隊長:金仁華中領 第6管区参謀長金在春大領(陸士5期)、作戦参謀朴圓彬中領が指揮通信隊(兵力50名)南宮珍少領が指揮 特殊任務(政権首脳部および鎮圧軍指揮官の拘束) - 呉致成(朝鮮語版)大領、玉昌鎬中佐、金炯旭中領、李錫済(朝鮮語版)中領、柳承原中領、朴鐘圭少領 大邱市制圧部隊 第5管区工兵施設隊隷下1個大隊:徐相潾(朝鮮語版)大領が指揮 第1205工兵旅団隷下3個大隊:2軍司令部工兵部長兼参謀朴基錫大領が指揮第133工兵隊(長:金鎭國中領) 第208工兵隊(長:張東雲中領) 第1建設工兵隊(長:任光燮中領) その他参加者:蔡命新(第5師団長)、李哲熙(朝鮮語版)(陸軍防諜部隊長)、康誠元(朝鮮語版)少領(陸軍情報参謀本部企画官)、宋贊鎬(朝鮮語版)准将(高射砲旅団長)、尹泰日 憲兵参謀朴泰元大領、砲兵参謀鄭鳳旭大領、心理戦参謀許順五大領、曹昌大・李鐘根・朴容琪・沈怡燮・厳秉吉中領(いずれも1軍司令部参謀、革命に呼応し李翰林司令官を拘束) 5月16日午前3時を期してクーデターは決行され、朴正煕少将を最高指揮官とする革命軍は、漢江大橋付近で憲兵第7中隊(中隊長:金錫律大尉)50余名と銃撃戦を行った以外は、大きな抵抗も無しに中央庁や国会議事堂などソウル市内の主要部分を制圧した。こうして首都を制圧した革命軍は午前5時、中央放送局の放送を通じて軍事革命が行われたことを全国民に宣布した。
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