ガストへの大規模転換
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/13 19:00 UTC 版)
「すかいらーく」の記事における「ガストへの大規模転換」の解説
1992年、バブル崩壊後当時の低迷を打開すべく、当初は高級路線の実験店舗ブランドだった「ガスト」を、低価格の新業態として東京都小平市に1号店を開店した。なおこの1号店はのちに閉店し、隣に新しくバーミヤン小平仲町店が建てられている。 「ガスト」の店名は、スペイン語・イタリア語で「味」を意味する"gusto"(グスト)を英語読みしたものである。 ホールでは当時としては珍しいセルフサービスのドリンクバーやワイヤレス型呼び出しベルの導入。キッチンではスーパーキッチンなどで実験中だったコンベアオーブンを導入した。なお、価格や性能などの問題で日本製ではなく、米国のリンカーン(英語版)社製のものを採用した。その他、料理の出し方の変更、各ポジションなどのプリンターによる作業開始などの工夫により、より少ない従業員での運営を可能にし、すかいらーくで懸案となっていた高騰する人件費率を抑えるなどして低価格を実現した。店員の服装はジーンズにポロシャツ、缶バッジ、スニーカーというカジュアルなスタイルとなった。 1993年には、当時720店あった「すかいらーく」のうち420店舗を約1年でガストに転換。「おいしい料理を、ポピュラープライスで、自宅のダイニング感覚でお食事を」をコンセプトに、客単価を大幅に下げたために1993年ごろには業界で「ガスト化」「ガスト現象」など呼ばれるブームを巻き起こした。 しかし、セルフサービスの導入などの効率化は客席放置につながり、メニューが飽きられ客層も悪化し、1994年ごろには早くも業績が落ち込んだ。これに対し、当初より過剰なセルフ化などサービスのレベルダウンには反対していた当時の社長茅野亮は大いに危機感を抱き、「ブラッシュアップキャンペーン」としてサービスや調理の基本を見直し、価格も都市型・地方型と分けていった。 1998年には「ガストビジョン」と呼ぶ42インチプラズマディスプレイを設置し、衛星放送などを放映した。これは2007年に運用終了した。 2001年1月25日には駐車場設備機器の販売・保守を行う株式会社ジェイ・シー・エムが手掛けるマルチメディア端末「プラスe」を東京都武蔵野市のガスト関前店に試験導入、2002年4月までにガスト全店舗に導入した。これは2005年に運用終了している。 2003年11月、八王子寺町店をオープン。単一ブランドのファミリーレストランチェーンとしては初となる1000店舗を達成した。
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