イメージの好転
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/18 20:09 UTC 版)
1990年代には依然として「おたく=変質者・犯罪者予備軍・社会不適応者」とみなす論調がある一方で、海外の漫画・アニメファンの報道や、1995年から放送された『新世紀エヴァンゲリオン』が社会現象と評されるほどのヒットとなり、多くのメディアで取り上げられたことで、アニメや漫画などが公平に報道、評価されることが増えてきた。 岡田斗司夫は、80年代後半から90年代までのオタクを取り巻く状況について、こう語っている。 (オタクに対する誤解をなんとかするためには)2つ方法がある。1つは魅力そのものを伝えてオタクというのは実は面白くて「こうだ」っていう方法。もう一つは、お前らは知らないだろうけど、海外では俺達ちょっとしたもんだぜっていうこの二面作戦でオタクって実は大したことあるよという底上げ作戦を展開したんですね。それはその後、海外でのオタク評価は本当に上がってきたりですね、「エヴァンゲリオン」が大ヒットしたりですね、ものすごい後押しがあったんですね。時代の後押しがあったおかげで、なんだかんだいってもオタクは80年代の暗黒の時代から90年代の後半になるにつれて、かなり楽な状況になってきた。だから僕たちは、なんかこう「オタク」と言えるようになったんですね、自分のことを。ロフトプラスワンで「オタクのイベントだ」と言って人が来るようになったのそれのおかげなんですよ。それまでは「オタクのイベントだ」と言うと、何よりもオタクが来れなかったんですね。オタクと思われたら困るっていう風に思ってた。それがなんか90年代半ばのオタク状況。(中略)世の中が急激にそのオタクを認めるようになった。1つは、お前らがやってることって案外面白いんだなってのが、ようやっと評価されてきた。それはエヴァンゲリオンとか色んな作品のヒットのおかげですね。あともう一つ、海外で一流の監督とかが皆オタクだと自分のことを言ったり、よその国ではセーラームーンとかそういうコスプレしてる奴がガンガン出てきて、僕らのヘンテコさがなんとなく相対化されたんですね。僕らが相変わらずヘンテコなのは当たり前なんですけども、海外にもヘンテコな奴がいるからなんだこれ?って。日本の中の変な奴じゃなくて、世界でいえば普遍的な奴なんだ。あいつら面白かもわかんないなみたいな目線で見てもらえるようになったのが僕らがちょっとだけ生きやすくなった理由ですね。 — 『オタク・イズ・デッド』(新宿ロフトプラスワン, 2006年5月24日) また、岡田はこのようなおたくへの評価が好転した要因として、「オタクたちの努力だけではなく、日本経済が行き詰まっていたことも挙げられる」と述べている。
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