おとり捜査事件その後
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1997年11月のロシア人船員おとり捜査事件では、稲葉ら3人が2002年12月27日に起訴猶予処分となった(前述)が、札幌検察審査会は2004年1月28日、「起訴相当」と議決した。 札幌地検は、おとり捜査に関与した捜査協力員だったパキスタン人(既に帰国)への事情聴取を試みた が、実現しなかった。そこで他の当事者から再聴取したが、捜査書類や公判での証言に虚言性が高くないこと、偽証などは自殺した当時の直属上司であるK警視が主導した、とした。道警の組織的関与は否定した。おとり捜査の違法性については、パキスタン人が犯行をそそのかした事実がないので適法と結論付けた。 稲葉は2004年9月下旬、おとり捜査事件での偽証は捜査会議で決定されており、これは「事前謀議」にあたるとして、当時の銃器対策課課長(警視正)と次席(退職)を偽証と虚偽公文書作成容疑で、札幌地検に告発した。 これは、事件摘発前日の1997年11月13日深夜、道警本部で当時銃器対策課の課長と次席、自殺した指導官のK警視、当時課長補佐のN警視の計4人が出席。おとり捜査を隠蔽するため、捜査協力者のパキスタン人が現場にいなかったよう、捜査報告書への虚偽記載と公判での偽証を前提にした捜査方針を決めた。この方針は、ロシア人船員逮捕の数時間前、小樽港で待ち伏せていた稲葉に対しK警視らが直接伝えた、というものである。 札幌地検は告発を受理し、10月下旬、稲葉から事情聴取した。しかし11月28日までに不起訴とした。 元船員のロシア人男性とその弁護団は、2005年7月5日、違法なおとり捜査と偽証で損害を受けたとして、国と道に計2,310万円の損害賠償を求めた。 道は、国家賠償法第6条「相互保証」について、原告側に立証責任があると申し立てたが、札幌地裁は2009年1月16日の中間判決で、訴えは適法として、ロシア人男性に訴訟を起こす資格があるとした。 7月31日、千葉刑務所の出張法廷で稲葉は、犯意誘発型捜査の違法なおとり捜査だったことを認めた。 2010年3月19日、札幌地裁は道警のおとり捜査であったことを認定しながらも違法性を否定。ただし、偽証がなければ無罪もしくは懲役2年未満の判決になった可能性があると、道に慰謝料など計50万円の支払いを命じた。 原告と道側の双方が控訴したが、2011年2月24日、札幌高裁は一審同様、おとり捜査の違法性は認めなかったものの、公判での偽証は認定し、双方の控訴を棄却した。 原告と道側の双方が上告した が、最高裁第三小法廷は2013年4月16日付で双方の上告を棄却したため、一・二審判決が確定した。
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