『HEAVEN』新創刊
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「Jam (自販機本)」の記事における「『HEAVEN』新創刊」の解説
『Jam』は月刊で全10号と別冊1号(特別ゲリラ号)を刊行したのち1980年1月をもって終刊。同年4月から『HEAVEN』(ヘヴン)と誌名を改め新創刊する。キャッチコピーは「空中楼閣的天眼通」「アンダーグラウンド・インテリ・マガジン」「ハイ・ディメンション・幻覚マガジン」。ちなみに創刊号には吉祥寺マイナーのオムニバスカセットテープが付録で付いており、灰野敬二の不失者の演奏のほか、歌手の小柳ルミ子と作曲家の宮川泰とのSEXテープ(と噂された音源)が収録されている。 『HEAVEN』では『Jam』にあったエロ要素や煽情的なヌードグラビアが完全に排され、サイズはAB版のグラフ誌となる。装丁デザインについてはグラフィックデザイナーの羽良多平吉が担当し『Jam』以上にビジュアルに特化したニュー・ウェーブマガジンへとその姿を変えた。3号からは一般書店でも販売を開始。5号より版元がアリス出版から群雄社出版に移り自動販売機での販売から完全撤退する。 版元移籍の経緯について近藤十四郎の証言では、当時アリス出版は自販機本出版取次大手業者の東京雑誌販売(東雑)の傘下にあり、エロ本ではない『HEAVEN』はわずか3号で配本の取り扱いを拒否されてしまったという。しかし、アリス出版副社長に就任した明石賢生は元々自販機だけでなく書店取次での出版も目論んでいたようで『HEAVEN』が東雑体制を離脱して存続の危機に陥ってからも高田馬場に編集部兼発行所の「HEAVEN EXPRESS」を自費による全額出資で新設し、編集者が自ら書店を回って営業と配本も行う書店直販の体制を取って雑誌を存続させた。ちなみに近藤によれば書店での販売は極めて好調で、紀伊國屋書店では毎号100冊も同誌を入荷してくれたという。 だが、こうした明石の動きに不信感を抱いた東雑の幹部が「明石、お前内部でクーデターでも企てているんじゃないのか」と詰め寄ったことから明石はアリス出版を依願退職し東雑の傘下から同年8月に独立する。これに同調する形でアリス出版内の旧エルシー派および明石派編集陣が一斉に集団退社し、明石を筆頭としたアリス退社組によって新出版社「群雄社出版」が高田馬場で旗揚げされる。 ほどなく『HEAVEN』は世界的なニュー・ウェイヴの波に乗り、最盛期には3万部を発行。海外の二大ニュー・ウェイヴマガジンである『FACADE』(伊)と『THE FACE』(英)からは編集部宛に毎月献本が行われ、『HEAVEN』もその2誌に毎号献本を行っていた。また青林堂、白夜書房、JICC出版局、本の雑誌社、工作舎の雑誌とは相互の誌面に広告を出し合っており、同誌との関係も深かった。 1980年の6月からは『HEAVEN』主催という形で「天国注射の夜」というコンサートが新宿ACB会館で行われる。なお当時の「事件」として、このイベントに乱入してきた江戸アケミがステージ上で自分の額をナイフで切りつけるパフォーマンスを行い、救急車で運ばれるという出来事があった。 また、ラジオ関東からは週1回での番組出演依頼が編集部に届き、同年10月より高杉弾と近藤十四郎の2人がDJを担当した全国ネットのラジオ番組『ウルトラヘヴン放送局』の放送が開始となる。 さらに巷(中央線沿線)では『HEAVEN』の新刊を求める読者が自動販売機の前で発売日に行列を作るという現象も発生するなど、徐々に『HEAVEN』はその人気と知名度を獲得しつつあった。
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