偽書
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/16 15:01 UTC 版)
宗教書
歴史的文脈で宗教書を捉えた時には、その来歴は当然検証の対象となる。しかし、宗教書においては、その宗教が信奉する神や宗派の創始者に由来すると主張するのが常である。
キリスト教
世界最古の手紙の偽書は、イエス・キリストの死後100年以上経った頃に書かれた、エデッサのアグバル王とイエスとの間に交わされた書簡とされている[15]。
古代の時点でイエス・キリストの直接の弟子である使徒に由来するとされる正典と、それ以外の外典との仕分けが4世紀には行われている。プロテスタントでも一部を外典化している。またナグ・ハマディ写本など異端認定された派閥の経典も存在する。
近代以降の高等批評では、実際の著者は後代の人物が多いと目されている。正典中のパウロの名による14の文書中で、実際パウロの著作と現在同意されているものは8つほどである。正典中の5つのヨハネ文書のうち、4つは匿名著者の文書がヨハネに帰せられており、残りの一つはヨハネによると記されているが、その真偽を疑われているものである。
ただし文献学・歴史学と神学は分離しているため、偽書であるか否かという議論に馴染まない側面もあり、高等批評を受け入れていても、殊更に偽書呼ばわりされることはない。
一方で、近世以降に派生した聖書の補完と称する教典(モルモン書、原理講論)など、「正典か否か」は別問題として、それを聖典とする宗派においては重要視されている。
仏教
結集の内容を受け継いでいるとする上座部仏教の側から、大乗仏典全てが偽作とみなされることがある(大乗非仏説)。『無量義経』『仏説盂蘭盆経』『十王経』『十句観音経』などインドの言語ですらなく漢文で成立した疑いが濃厚なものもある。
大乗仏教の各宗派ともに学術的な史料批判においては後代の成立を認めつつも、非仏説の判明とともに根本的に仏教観を変えたため、それを理由に経典から除外する動きはまず無い。
儒教
儒教の経典について言えば、四書五経に挙げられる書物の中で『孟子』を除いた他の書物は、すべて孔子ないしは周公旦が編したあるいは撰したものとされている。しかし、その多くが後人の手によって改編されたり、あるいは全く一から創作されたものであることは、キリスト教や仏教の聖典や経典の場合と同様の事情である。また、漢代に災異説や陰陽五行説、讖緯説が盛行すると、その影響下において、経書に対する緯書と称する書物が出現することとなる。そして、この場合もやはり、撰者は孔子に擬せられ、各経書に対する注釈書という形式をとって、王朝革命や自然災害などを孔子が予言していたものとして、当時、受容された。ただ、各王朝の実権者の側から見れば、容易に反体制集団に利用されることが予想される緯書は、厳しく禁圧される禁書の対象とされ、隋代には殆ど完本では伝わらなくなり、断片や他書への引用の形式でしか伝わっていない。
偽書の可能性が指摘されている宗教書の例
- 神道関係 - 評(郡評論争)も参照
- 日本仏教関係
- 末法灯明記[注 19]
- 日蓮御書の一部 [注 20]
- 二箇相承 - 写本のみが現存、二箇相承#歴史と経緯も参照
- 仏教関係 - 経典の偽書疑惑は大乗非仏説も参照
- アブラハムの宗教関係 - 正典の偽書疑惑は高等批評も参照
- 聖書偽典
- モルモン書(モルモン経)
- 『第6ならびに第7のモーゼの書』(著者、出版社とも不明)[注 21]
- 全ての教皇に関する大司教聖マラキの預言
- その他
注釈
- ^ 英語でもforgeryは偽書、贋作どちらの意味もある。
- ^ 網野善彦は「偽書には真正な文書からだけでは中々分からない庶民の意識、伝承、習俗が含まれている」として、「単に感覚的に嫌悪するだけでなく、偽書が成立した背景、成立過程や機能を研究する事で貴重なものが得られる」としている[要出典]。
- ^ 甲陽軍鑑に関しては近年の研究で偽書ではなく、戦国史研究において参照となる点も多いという評価もある。
- ^ 賀茂真淵、大和岩雄らの説がある[7]。
- ^ 将軍家光期に幕府が農民統制のために発布したものであるとされていたが、原本が確認されず幕法とするのには疑義がもたれており偽書とする説もあった。近年では古写本の検討により元禄年間に成文化された甲斐国甲府藩領の藩法が刊本により諸国へ流布し、「慶安年間の幕法である」とする伝承が寛政年間に付加されたことが指摘されている。
- ^ 2010年代以降は後世の創作説が有力となっている[14]。
- ^ 原本の存在が確認されていないため。
- ^ 文書の存在、及び先立つべき「第一期」が確認されていないため。
- ^ タイ紙『サヤーム・ラット』に掲載された評論とされるが、掲載年月日が不明であり、記事の実在が確認されていない。
- ^ 出典とされるユリウス・クルトの著書に記述が確認できない。
- ^ 歴史学者アーノルド・J・トインビーの説とされるものだが、出典が不明。
- ^ 紀元前500年前後、孔子と同時代の老子の著作とされるが、文体・用語が比較的新しく、紀元前300年前後編纂の『孟子』初出の語が用いられていたりする。
- ^ 『論語』の拾遺として、前漢の孔安国が撰した書に、その孫の孔衍が後序を補したものと記されているが、考証により、魏代に礼制で対立していた鄭玄派を論難するために王粛が偽作した書物とされることが多い。
- ^ 紀元前400年の列禦寇の著作とされるが、『史記』に記述がないなど実在は疑われており、成立は魏晋の頃ではないかとの説がある。
- ^ 太公望呂尚の著作とされ神仙の黄石公が選録、漢の張良に伝えられたとされる兵法書。殷や周の頃は戦車戦であるのに、まだ存在しないはずの騎馬戦の言及があったり、同様に使用されない「将軍」という言葉も用いられているため、魏晋の頃の人物が太公望や黄石公に仮託して書いた偽書であると考えられている。
- ^ 『金史』の外伝とされているが、実在が確認できない。
- ^ 『古今図書集成』中に収録とされているが、実在が確認できない。
- ^ 天津教という宗教の教典でもある。
- ^ 最澄 著とあるが、偽書説あり。
- ^ 後代に創作されたものが含まれていると見られ、宗派や学者によって真偽の認定が大きく異なる。
- ^ ドイツを中心に現在も広く流布しているグリモワール(魔術書)。
- ^ 16世紀の朝鮮の天文学者、南師古(ナムサゴ)が著作したとされる予言書だが、韓国のTV番組『PD手帳』で偽書であることが明らかにされた。
- ^ ウィリアム・ヘンリー・アイアランドの『ヴォーティガンとロウィーナ』のような作品はシェイクスピアの贋作と見なされる。
- ^ 例えば『魁!!男塾』の「民明書房」、あるいはクライトンの『アンドロメダ病原体』の作中世界を構成するレポート、村上春樹の初期三部作に引用される作家の書物、など。
出典
- ^ 日本図書館情報学会用語辞典編集委員会 編『図書館情報学用語辞典 第4版』丸善出版、2013年12月27日、47-44頁。ISBN 978-4-6210-8774-9。
- ^ "偽書". 図書館情報学用語辞典 第5版. コトバンクより2023年10月1日閲覧。
- ^ a b c d あすへの考【江戸期の偽文書が「史実」に】耳なじみの良い歴史の誘惑/市町村史に掲載。行政のお墨付きがあると撤回は困難:大阪大谷大学准教授 馬部隆弘氏(44)『読売新聞』朝刊2020年12月6日(言論面)
- ^ a b “「日本最大級の偽文書」か 郷土史の定説ひっくり返るかも…京都・山城の古文書”. 京都新聞 (2020年5月8日). 2021年2月5日閲覧。
- ^ a b 伊田欣司 (2021年2月5日). “嘘でつくられた歴史で町おこし 200年前のフェイク「椿井文書」に困惑する人たち”. Yahoo!ニュース特集. 2021年2月5日閲覧。
- ^ 藤野七穂「「偽書」銘々伝」 季刊『邪馬台国』1993年(平成5年)秋号52号。梓書院。
- ^ “〈はじめての古事記〉神々の愛憎 壮大な冒険”. 朝日新聞デジタル. 朝日新聞社 (2012年3月7日). 2012年3月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2012年3月7日閲覧。
- ^ 乃至 & 高橋 2021, p. 7.
- ^ 乃至 & 高橋 2021, p. 6.
- ^ 黒田惟信 編『東浅井郡志 巻壹(巻1)』滋賀県東浅井郡教育会、1927年11月28日、256-260頁。東浅井郡志: 巻1, p. 366, - Google ブックス
- ^ 小澤実 編「馬部隆弘 偽文書「椿井文書」が受容される理由」『近代日本の偽史言説 歴史語りのインテレクチュアル・ヒストリー』勉誠出版、2017年11月10日、21-35頁。ISBN 978-4-585-22192-0。
- ^ 姚際恒『古今偽書考』巻1「易伝」及び、高田真治『易経』岩波文庫の解説、コトバンク『十翼』(執筆:三浦国雄)
- ^ 姚際恒『古今偽書考』巻5「荘子」
- ^ 吉田晋 (2018年1月10日). "坂本龍馬は教科書に必要か 大政奉還や薩長同盟、史実は". 朝日新聞デジタル. 朝日新聞社. 2022年12月14日閲覧。
- ^ 『ビジュアル 世界の偽物大全 フェイク・詐欺・捏造の全記録』、2023年6月発行、ブライアン・インズ クリス・マクナブ、日経ナショナルジオグラフィック、P91
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