福祉国家論
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初期の福祉国家論
初期の福祉国家論では、福祉国家の発展を単線的に規定する独立変数が研究対象となった。フリードリヒ・ハイエクは、福祉国家の拡大が世代間格差を拡大させることを指摘している[17]。
産業主義理論
ハロルド・ウィレンスキーは、64ヵ国の社会保障支出の対国民総生産比の差異を説明する独立変数としては経済水準が最も重要であり、また人口の高齢化も非常に重要である一方、イデオロギーや政治体制の差異は説明変数として有意ではない、と指摘している。このため、ウィレンスキーは、経済成長にともなって福祉国家が発展するという収斂論の代表的論者と見做された[18]。ただし、ウィレンスキーは、分析対象をOECDの加盟国に限定した場合は、政治的変数が有効になることも指摘している[19]。
権力資源動員論
ウォルター・コルピらは、福祉国家の規模は各階級の政治的影響力のバランスによって規定されるものと考えた。すなわち、労働者階級が左派政党を通じて自己の政治的リソースを活用し、経営者に対抗しうる政治システムを構築する(「権力資源の投資」)ことに成功するか否かが、福祉国家を規模を左右する。さらに、福祉国家そのものが、労働者の相互の対立を緩和し連帯を促すという点で、労働者階級の権力資源となると主張した[20]。
福祉レジーム論
こうしたなかで1990年にデンマークの社会学者エスピン=アンデルセンが提起した福祉レジーム論は、福祉国家研究の画期的な業績となった[21]。
彼は、先進各国を脱商品化と階層化という指標を用いてクラスター化した。すなわち、脱商品化とは、疾病や加齢などの理由で労働市場を離脱した人が生活を維持できるか否かの指標であり、給付の水準と受給資格によって計測される。また、階層化とは、各人の階層や職種に応じた給付が行われた結果、格差が固定化されているか否かの指標。たとえば職域別の保険制度では階層化の度合いが高い。
以上2つの指標で西側先進諸国を分析した結果、自由主義的福祉国家(アメリカ・イギリスなどアングロサクソン諸国)、保守主義的福祉国家(大陸ヨーロッパ)、社会民主主義的福祉国家(北欧)の3類型を析出し、福祉国家の発展は1つではないと論じた[21]。当初日本は前記3つのいずれの要素も含む混合型とされ、その後大陸ヨーロッパ型に近いとされた。
また、福祉国家を形成する政治的イニシアティブについて、1つの階級ではなく、階級間の連合を重視した。たとえば、スウェーデンでは社会民主労働党が中央党との連合形成に成功し、さらに赤緑連合解消後は普遍主義的な社会保障政策でホワイトカラー層からの支持を調達した。その一方で、オーストリアでは、労働運動が一定の勢力を保持していたものの、左派政党が農民政党との連携に失敗して孤立した。さらに、経済レジーム(特に雇用)と福祉レジームとの関係に注目し、グローバル化への適応については一般的に自由主義と社会民主主義が優れているとした。その後の研究により次のように分類されなおした[* 1]。
各レジームの比較
福祉レジーム | 社会民主主義 | 自由主義 | 保守主義 |
---|---|---|---|
モデル国家[22] | スウェーデン、デンマーク | アメリカ、イギリス | ドイツ、イタリア |
モデル国家群 | 北ヨーロッパ諸国 | アングロ・サクソン諸国 | 大陸ヨーロッパ諸国 |
脱商品化[23] | 高位 | 低位 | 高位 |
階層化[23] | 低位 | 高位 | 高位 |
脱家族化[23] | 高位 | 中位 | 低位 |
主たる政策目標[24] | 所得平等および雇用拡大 | 租税軽減および雇用拡大 | 所得平等および租税軽減 |
犠牲となる政策目標[24] | 租税軽減 | 所得平等 | 雇用拡大 |
主たる福祉供給源[21][23] | 政府 | 市場 | 家族 |
典型的な福祉政策 | サービス給付 | 減税 | 所得移転 |
所得移転の形態 | 制度的 | 残余的 | 補完的 |
社会的統合の触媒 | 労働組合 | なし(市場) | 宗教団体 |
優位政党 | 社民党 | リベラル政党 | キリスト教民主主義政党 |
支配的なイデオロギー | ネオ・コーポラティズム | ネオ・リベラリズム | コーポラティズム 社会的市場経済 |
企業競争 | (完全雇用のため)大企業優先 | 大企業と自営業は対等 | (世襲維持のため)自営業優先 |
労働市場の規制 | 同一労働同一賃金 | 原則としてなし | 大企業や公務員を優遇、早期退職の勧奨 |
賃金の硬直性 | 上方硬直性および下方硬直性 | なし | 下方硬直性 |
雇用のフレキシヴィリティ[21] | 高位 | 最高位 | 低位 |
典型的な景気対策 | 福祉部門の公務員の増員 | 政策金利の引き下げ | 公共事業 |
公務員のイメージ | 女の仕事、パートタイム | 悪、低賃金 | お上意識、優遇 |
労働参加率 | 最高位 | 高位 | 低位 |
脱商品化スコア
(1980年)[25] |
階層化属性の累積集計スコア
(1980年)[26] | |||
---|---|---|---|---|
保守主義 | 自由主義 | 社会主義 | ||
オーストラリア | 13.0 | 0 | 10 | 4 |
アメリカ合衆国 | 13.8 | 0 | 12 | 0 |
ニュージーランド | 17.1 | 2 | 2 | 4 |
カナダ | 22.0 | 2 | 12 | 4 |
アイルランド | 23.3 | 4 | 2 | 2 |
イギリス | 24.1 | 0 | 6 | 4 |
イタリア | 24.1 | 8 | 6 | 0 |
日本 | 27.1 | 4 | 10 | 2 |
フランス | 27.5 | 8 | 8 | 2 |
ドイツ | 27.7 | 8 | 6 | 4 |
フィンランド | 29.2 | 6 | 4 | 6 |
スイス | 29.8 | 0 | 12 | 4 |
オーストリア | 31.1 | 8 | 4 | 2 |
ベルギー | 32.4 | 8 | 4 | 4 |
オランダ | 32.4 | 4 | 8 | 6 |
デンマーク | 38.1 | 2 | 6 | 8 |
ノルウェー | 38.3 | 4 | 0 | 8 |
スウェーデン | 39.1 | 0 | 0 | 8 |
社会民主主義的福祉レジーム
北欧モデル(ノルディックモデル)とも呼ばれる。スウェーデン、ノルウェー、デンマークなどがある[21]。政府による所得比例(業績評価モデル)と所得移転(制度的モデル)の組み合わせが特徴。社会保障給付は政府による普遍主義的なもので、労働政策と併せて労働者の保護が最大限である。経済政策では政労使の協調(コーポラティズム)に基づいて実施され、場合によっては同一労働同一賃金により弱い企業の淘汰を進める(レーン=メイドナー・モデル)。それと同時に職業訓練や紹介などの積極的労働市場政策を通じて労働力の需給ギャップの解消に努め、社会保障支出をコントロールする。従って雇用の流動性は高い。
これらのことから企業の競争力が高くなり、グローバリズムへの適応力が高いと言われる。しかし、その過程において競争力を持つ大企業のみが生き残りやすいために、しばしば税収などで特定企業に依存することになり、業績悪化がダイレクトに国家予算に影響を及ぼすことがある。
自由主義的福祉レジーム
アングロサクソン・モデルとも呼ばれる。アメリカ[21]、イギリス[27]、カナダ[21]、スイス[28]、オーストラリア[21]、日本(*注[28])などがある。市場による所得比例(業績評価モデル)と政府による最低保障(残余的モデル)の組み合わせが特徴[21]。
ベヴァリッジ報告書では以下を「5つの悪」とし、国家による社会保険制度を整備することでこれに対抗し、それが不可能な場合に備えて公的扶助を設けるとした[8]。
- 窮乏(want)
- 疾病(disease)
- 無知(ignorance)
- 不潔(squalor)
- 怠惰(idleness)
政府による社会保障給付は底辺層に対する社会的スティグマをともなった選別主義的なもの、もしくは中流階級のニーズに応えられない低水準なものである。よって、社会保障は主に個人が民間保険などから調達し、政府は福祉ビジネスの環境を整えることが役目となっている。また、労働政策は労働者の社会保障が最低限である。従って雇用の流動性は高い。そのため所得格差が拡大するが、グローバリズムへの適応力が高いといわれる。
保守主義的福祉レジーム
大陸ヨーロッパ・モデル(コンチネンタルモデル)とも呼ばれる。ドイツ[21]、フランス[21]、ベルギー[28]などである。職域組合や企業福祉などによる所得比例(業績評価モデル)と政府による最低保障(残余的モデル)の組み合わせが特徴。社会保障は補完性原理を基調とし、家族を中心とする血縁、コーポラティズム、国家主義を強要する。労働者の保護は労働組合の恩恵が及ぶ限りにおいて高度である。そのためインサイダー(端的には正社員の男性)とアウトサイダーの社会的分断(デュアリズム)が生じ、概して失業率が高い。また、職業と福利厚生が一体化していることとあいまって、雇用の流動性を阻害するといわれる。このレジームに固執する限り、グローバリズムの前には袋小路になり経済パフォーマンスが低下するとされる。
家族主義的福祉レジーム
南欧=東アジアモデルとも言われる。イタリアが代表的。ほかにスペイン、ポルトガル、ギリシャ、日本(*注)、大韓民国、台湾である。福祉施策は貧弱で福祉ビジネスも未発達なため、高齢者、失業、子育てなどについて家族が責任を持つべきとする家族主義が特徴。家族に過度な負担をかけるため少子化の弊害が深刻化するとの意見がある。
福祉国家再編の政治
制度的持続
福祉レジーム論は、福祉国家の発展における労働組合や社会民主主義政党(あるいは社民政党と競合するカトリック政党)の主導性を重視している。しかし、ポール・ピアソンは、マーガレット・サッチャー政権下のイギリスで労組の弱体化が進展し、アメリカではもともと労組が脆弱であるにもかかわらず、その両国ですら1980年代では新自由主義が主張するほどには社会保障の削減に成功しなかったことを指摘している。これは、社会保障制度が1度確立すると利益集団のネットワークが構築されて社会保障の削減に対する抵抗が生じ、また、受給者の反発を恐れる政治家も福祉政策の縮減を忌避するためである[23]。よって、福祉国家の形成では経済レジームや政治的党派性などのマクロ要因が重要(福祉レジーム論)であったが、福祉国家の縮減では非難回避の戦略の成否が重要になる、とピアソンは論じている。具体的には、
- 非難の大きい争点を外すように課題設定する。
- 損失を伴う政策に対して積極的な意味づけを与える。
- 損失を伴う政策に対して代償政策を実施する。
- 政策決定者の可視性を低下させる(政策決定を官僚、諮問機関、地方自治体に委ねる、など)。
- 政策効果の可視性を低下させる(施行の先送りや段階的施行、など)
- 利害の異なる集団間の対立を煽ることで非難の矛先が向かないようにする。
- 超党派で合意を形成して政策を実行する。
などが挙げられる[30]。
新しい福祉圧力
グローバル化は、各国で「最底辺への競争」を惹起するという点で、福祉政策の縮減を促すと一般的に論じられている。しかし、ジェフリー・ギャレットは、グローバル化によって社会の流動性が増し、新しいリスクが生じる結果、福祉政策を通じて富とリスクを再分配することが政府に期待されるようになると反論した。
また、脱工業化については、組織労働の解体を促すことによって、福祉政策の縮減のハードルが下がると一般的に論じられている。しかし、トービン・アイヴァーセンは、製造業で見られた職域的な福祉の解体によって、より包括的な社会保障の構築が政府に期待されるようになる可能性に言及している[31]。
日本の福祉国家像
日本の福祉レジームについて、厚生労働白書では「エスピン=アンデルセンは、日本の現状の福祉システムは、保守主義を中心としながらも自由主義的なシステムを混合して構成されている」と述べられている(福祉の供給主体)[21]。
日本の経済政策をめぐる議論の中で、福祉国家像が明示的に議論に上ることは少ない。
社会学者の盛山和夫が、「経済成長は不可能なのか」を問い、社会保障を投資と見ることを提唱している[32]。
注釈
- ^ なお、ここでの「保守」「リベラル」の語はヨーロッパでの語義に従っており、アメリカでは語義が逆になっていることに注意が必要である。
出典
- ^ OECD Social Expenditure Statistics (Report). OECD. 2011. doi:10.1787/socx-data-en。
- ^ 日本大百科全書(ニッポニカ) コトバンク. 2018年10月17日閲覧。
- ^ 百科事典マイペディア コトバンク. 2018年10月17日閲覧。
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- ^ OECDの「Social Expenditure Database」[1]による。なお、国立社会保障・人口問題研究所『社会保障費用統計(平成22年度)』の「主な用語の解説」に従って、公的社会支出(public)と義務的私的社会支出(mandatory private)の合計で算出している。
- ^ 新川敏光 『日本型福祉レジームの発展と変容』 ミネルヴァ書房〈シリーズ・現代の福祉国家〉、2005年。ISBN 9784623043941。257頁。
- ^ 新川他 2004, pp. 207–208.
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