同音の漢字による書きかえ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/04/24 13:47 UTC 版)
新語への影響
例えば「保母」は「保姆」の書き換えであり(「姆」は乳母の意)、書き換えによって「母」に対する「父」という位置づけが成り立ち、同職の男性が登場すると、女性の「保母」に対して男性は「保父」と呼ばれるようになった。現在は男女共に「保育士」という呼称で統一されている。
改定常用漢字表の影響
文化審議会は2010年6月、改定常用漢字表を答申した。この改定常用漢字表では196字が追加されたが、このうち「臆」「潰」「毀」「窟」「腎」「汎」「哺」「闇」の8字が、「同音の漢字による書きかえ」に含まれている。音「アン」が掲げられなかった「闇」を除く7字について、「同音の漢字による書きかえ」に含まれる13語を次に示す。語例に挙げられているものは太字とした。ただし、そもそも「同音の漢字による書きかえ」は「当用漢字の適用を円滑にするため」のものであり、現行の常用漢字・改定常用漢字の「漢字使用の目安」という性格に照らせば、書き換えを行う必要はないことに留意されたい。
- 臆説→憶説:「臆」の語例に「臆説」があり、〈「憶説」とも書く。〉と注記されている。
- 臆測→憶測:「臆」の語例に「臆測」があり、〈「憶測」とも書く。〉と注記されている。
- 潰滅→壊滅:「壊」の語例に「壊滅」とある。
- 潰乱→壊乱
- 肝腎→肝心:「腎」の語例に「肝腎」があり、〈「肝心」とも書く。〉と注記されている。
- 決潰→決壊:「壊」の語例に「決壊」とある。
- 広汎→広範
- 全潰→全壊
- 倒潰→倒壊
- 破毀→破棄:「破」の語例に「破棄」とある。
- 哺育→保育
- 崩潰→崩壊:「崩」の語例に「崩壊」とある。
- 理窟→理屈:「屈」の語例に「理屈」とある。
以上のうち、戦後から用いられるようになった代用表記は、「憶説」「憶測」「広範」の3語である。「破毀」と「破棄」、「哺育」と「保育」はそれぞれ別語である。残りの8語はもともといずれも用いられていたもので、新しく作られた表記ではない[要出典]。
新聞常用漢字表での対応
常用漢字表の改定に伴い、日本新聞協会が書きかえについても再検討を行った[4]。上記13語の対応について、次に示す。
- 臆説・憶説:「憶説」は原則として使用せず「臆説」を使用する。
- 臆測・憶測:「憶測」は原則として使用せず「臆測」を使用する。
- 潰滅・壊滅:「同音の漢字による書きかえ」に従い、「潰滅」は原則として使用せず「壊滅」を使用する。
- 潰乱・壊乱:「同音の漢字による書きかえ」に従い、「潰乱」は原則として使用せず「壊乱」を使用する。
- 肝腎・肝心:「同音の漢字による書きかえ」に従い、「肝腎」は原則として使用せず「肝心」を使用する。
- 決潰・決壊:「同音の漢字による書きかえ」に従い、「決潰」は原則として使用せず「決壊」を使用する。
- 広汎・広範:「同音の漢字による書きかえ」に従い、「広汎」は原則として使用せず「広範」を使用するが、「広汎性発達障害」などの病名では「広汎」を使用する。
- 全潰・全壊:「同音の漢字による書きかえ」に従い、「全潰」は原則として使用せず「全壊」を使用する。
- 倒潰・倒壊:「同音の漢字による書きかえ」に従い、「倒潰」は原則として使用せず「倒壊」を使用する。
- 破毀・破棄:「同音の漢字による書きかえ」に従い、「破毀」は原則として使用せず「破棄」を使用する。
- 哺育・保育:「同音の漢字による書きかえ」に従い、「哺育」は原則として使用せず「保育」を使用するが、「飲食物や餌を与えて育てる」意では「哺育」も使用する。
- 崩潰・崩壊:「同音の漢字による書きかえ」に従い、「崩潰」は原則として使用せず「崩壊」を使用する。
- 理窟・理屈:「同音の漢字による書きかえ」に従い、「理窟」は原則として使用せず「理屈」を使用する。
他言語との関係
簡体字表記との一致
「同音の漢字による書きかえ」で書き換えられた漢字と中国の簡体字が一致することがある。
- 闇→暗
- 廻→回
- 禦→御(「制禦→制御」、「防禦→防御」)
- 兇→凶
- 嚮→向(「意嚮→意向」)
- 絃→弦
- 倖→幸
- 剋→克(「下剋上→下克上」、「相剋→相克」)
- 颱→台(「颱風→台風」)
- 煖→暖(「煖房→暖房」、「煖炉→暖炉」)
- 註→注
- 牴→抵(「牴触→抵触」)
- 觝→抵(「觝触→抵触」)
- 慾→欲
他言語の表記との違い
漢語系語彙のうちの一部は日本語で「同音の漢字による書きかえ」の規定により表記が変更されたが、あくまでも日本語での同音字であり、中国語・朝鮮語などでは異音の可能性もあるため、特に翻訳する際に注意すべきである[5][6]。
朝鮮語 | 日本語 |
---|---|
弘報(홍보 [hoŋbo]) | 広報 |
刺戟(자극 [ʨaːgɯk̚]) | 刺激 |
手帖(수첩 [suʨʰɔp̚]) | 手帳 |
尖端(첨단 [ʨʰɔmdan]) | 先端 |
慰藉料(위자료 [wiʥaɾjo]) | 慰謝料 |
破毀(파훼 [pʰaːɦwe]) | 破棄 |
洗滌(세척 [seːʨʰɔk̚]) | 洗浄 |
中国語 | 日本語 |
---|---|
亢奮/亢奋 kàngfèn | 興奮 |
叡智/睿智 ruìzhì | 英知 |
杜絕/杜绝 dùjué | 途絶 |
鞏固/巩固 gǒnggù | 強固 |
鄭重/郑重 zhèngzhòng | 丁重 |
顛覆/颠覆 diānfù | 転覆 |
輔導/辅导 fǔdǎo | 補導 |
注釈
- ^ 語全体を仮名書きするほかに、表外漢字だけを仮名書きにする「交ぜ書き」をすることもある。
(例)斡旋→あっせん・あっ旋、明瞭→めいりょう・明りょう - ^ 「闇」は改定常用漢字表で追加された漢字だが、音「アン」は掲げられなかった。
- ^ 「伎」は改定常用漢字表で追加された漢字だが、音「ギ」は掲げられなかった。
- ^ 本来の読みは「さっすい」で、「さんすい」は慣用読み。
- ^ 本来の読みは「せんでき」で、「せんじょう」は慣用読み。
- ^ 「箇」は当用漢字で、常用漢字表・改定常用漢字表にも含まれている。「当用漢字補正資料」(1954年)では「箇」が当用漢字表から削る字とされた上で「個」に音「カ」を加えるとしており、新聞では同年4月から「箇所→個所」「箇条書き→個条書き」のように書き換えた表記を用いていた。しかし、結局「個」の音「カ」は表外読みのままであり、書き換えた結果、表外音訓になってしまう。なお、常用漢字の改定の時期から新聞でも「箇所」「箇条書き」と「個」に書き換えた表記は用いないように見直された。
- ^ 「斉」は当用漢字には含まれておらず、1981年の常用漢字表制定時に追加された漢字。
- ^ 「坪」は当用漢字にも含まれているが、音「ヘイ」は改定常用漢字においても表外読みであり、書き換えた結果、表外音訓になってしまう。
- ^ a b 「弁」は「辨」「辧」「瓣」「辯」(辛二つ「辡(ベン)」の間に刂(刀)、瓜、言)の新字体である。
- ^ 「種」は当用漢字にも含まれているが、訓「くさ」は改定常用漢字においても表外読みである。
- ^ a b 「遵」は当用漢字で、常用漢字表・改定常用漢字表にも含まれている。「当用漢字補正資料」(1954年)では「遵」が当用漢字表から削る字とされており、新聞では同年4月から「遵守→順守」「遵法→順法」のように書き換えた表記を用いている。
- ^ 一般的には、書き換えのない「高嶺の花」が多く用いられる。
- ^ 「脹」は当用漢字で、常用漢字表にも含まれていたが、改定常用漢字表で削除された。「当用漢字補正資料」(1954年)では「脹」が当用漢字表から削る字とされており、新聞では同年4月から「膨脹→膨張」のように書き換えた表記を用いている。
- ^ 「悠」は当用漢字には含まれておらず、1981年の常用漢字表制定時に追加された漢字。
- ^ 「槽」は当用漢字には含まれておらず、1981年の常用漢字表制定時に追加された漢字。
- ^ a b c d e f g h i 「濫」は当用漢字で、常用漢字表・改定常用漢字表にも含まれている。「当用漢字補正資料」(1954年)では「濫」が当用漢字表から削る字とされており、新聞では同年4月から「濫用→乱用」のように書き換えた表記を用いている。
- ^ 「簡」は当用漢字にも含まれているが、音「ケン」は改定常用漢字においても表外読みである。
- ^ 国語審議会の報告には「旱害→干害」「旱天→干天」の2語のみが示されている。「旱→干」は示されていないので、「旱魃→干魃」は国語審議会の報告に従ったものではない。
- ^ 「滌」の読みは「てき(「滌除」)」、反切は「徒歴」であり「的」、「敵」に一致、「でき」と濁るのは一種の連濁。
- ^ a b 中国語では、この2つの単語は明瞭に区別されている。デイリーコンサイス中日辞典(三省堂)の「妨碍」と「妨害」の項を参照。
出典
- ^ 佐賀県:こちら知事室です-記者会見(発表項目):「障害」の表記見直しを要望します
- ^ 要望の多かった「玻・碍・鷹」の扱いについて (PDF) 。この結果に対しては、2010年4月21日の衆議院文部科学委員会(議事録)で馳浩(自民党)より「漢字の語源にさかのぼっての議論は残念ながら見ることができませんでして、ちょっと残念だなと私は思いました」との指摘が為されている。
- ^ a b 改定常用漢字表(答申) (PDF) 文化審議会、2010年6月7日。
- ^ “2010年「改定常用漢字表」対応 新聞用語集 追補版 新聞用語懇談会編” (PDF). 日本新聞協会. 2018年1月1日閲覧。
- ^ 熊谷明泰 (2014). “朝鮮語の近代化と日本語語彙”. 関西大学人権問題研究室紀要 67: 1-122.
- ^ 朱京偉 (2001). “日本語の漢語の書き換えと中国語”. 或問 2: 1-12 .
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