RE100/RC300系
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「日野・ブルーリボン」の記事における「RE100/RC300系」の解説
1967年、RB系はモデルチェンジしRE系となる。エンジンは新開発の予燃焼室水平式EB200型 (175ps) で、ホイールベースはRE100 (4.8m)、RE120 (5.2m)、RE140 (5.67m) の3種類が用意され、エアサスは型式末尾に-Pが付く。RC系も同時にモデルチェンジを行い、DK20型エンジンの出力アップが行われ205psとなった。またターボエンジン(DK20-T型)も出力アップされ260psとなった。 RC系では、ホイールベースはRC300 (5.2m)、RC320 (5.67m) の2種類が用意され、エアサスは型式末尾に-Pが付く。また山間部など全長10m・ホイールベース4.8mで高出力エンジンを望むユーザー向けに、改造扱いでRE100と同じボディにDK20型エンジンを搭載した(言い換えるとRC300型のホイールベースを4.8mに短縮した)RC300 (-P) 改型が設定されている。また事業者により4速仕様または5速仕様と用途が多岐に渡り、運転操作にはダブルクラッチを要した。また、SCG自動変速機も用意された。運転席周りの特徴としては扇形のメーターパネルが採用されている。 RE系は主に路線バスとして使用され、RC系は路線バスや観光バスとして幅広く使われた。RC系は観光専用モデルの普及が他社より遅れたこともあり、観光用としてもかなり採用されている。 車体は帝国・金産以外にも、富士重工製(以下富士)、西日本車体工業(以下西工)、川重車体工業(以下川崎、1972年まで)などが架装している。1969年以降は帝国・金産は共通の設計でバスを製造しており、細部のわずかな差異以外のデザインはほぼ同じである。1975年4月に帝国・金産の両社は合併して日野車体工業となり、合併後はRE/RC系などの大型バスは旧帝国自工の横浜工場で生産された。先代モデル時代に登場した視野拡大窓も引き続き設定された。 なお、前照灯には当初オーバル型2灯式が採用されたが、ハイビームなどに問題が生じたようで、1970年以降は丸型4灯式のシールドビームに変更。オーバル型からの改造も行われた。 1972年にはフロントオーバーハングの延長、RE系に低床モデル追加などのマイナーチェンジも実施された。 1979年にはターボ車に代わる高出力車として、RC701P (5.2m) ・721P (5.67m) 系が登場した。エンジンはEK200型 (270ps) を搭載しており、エアサス車の設定のみだった。ただし国鉄バスなどごく一部の事業者でリーフサスのRC701の導入例がある。なお、RC7系の路線ボディは純正の日野車体の場合、RE/RC系と同じボディを架装しており外観に変化はない。また高出力エンジンを搭載しているため、観光バスや長距離バスとして使われるケースも多く、観光バス専用のハイデッカーボディを架装した例もある。 RC300P(金産)(オーバル型前照灯装備車)箱根登山鉄道 RC300P(金産)信南交通 RC320P(帝国)名士バス RE100(帝国)西武バス RE140(帝国)(前ドア両開き試作車)京王帝都電鉄(撮影当時) RE100(日野車体)上信電鉄 RE100P(日野車体を改造)日ノ丸自動車 RE100(川崎)富士急行 RE120(富士R13)東武鉄道 RE120(富士3E)東武鉄道 RE120(西工42MC)昭和自動車
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