記述文法
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記述文法(きじゅつぶんぽう、英: descriptive grammar)は、言語が実際にどう使われているかをあるがままに記述する文法である[1]。帰納文法とも呼ばれ[1]、言語に規範を示そうとする規範文法とはしばしば対比される。
概要
現代の言語学は原則として記述的な方法をとる学問であり、話者が実際に用いる言語事実を客観的に観察し、その仕組みや規則性を明らかにすることを目的としている。そのため、規範文法では誤りとされることが多いら抜き言葉(例「見れる」)や、新しい命令形(例「できろ」)なども、記述文法の観点では、一つの言語事実として扱った上で、なぜそのように使われるのか、どのような条件で現れるのかなどといった分析を行う。
日本語学においても、規範的な学校文法と記述文法の考え方の違いは見られており、橋本進吉らが体系化した学校文法における動詞の活用体系に対し、実際の言語史や音声的な事実に即して分析を行う記述文法的な立場から再検討がなされてきた[2]。
白石大二は、現実の使用に即した「勉強させる」を誤りとして現実には使われない「勉強せさせる」を正しいとする規範文法のあり方を問題視し、今後の文法は「あくまで記述文法でなければならない」と述べた[3]。
計算言語学との関連
記述文法によって得られる客観的な言語データと規則性の分析は、さまざまな応用分野で活用されている。特に、コンピュータで人間の言語を扱う自然言語処理や計算言語学の分野とは密接な関係にある。
この関連性が明確になったのは、日本語のワープロや初期の形態素解析システムの開発過程であった。規範文法は、「こうあるべき」という規範を示すものであり、それだけを基にプログラムを組んでも、人々が実際に使用する多岐な表現(例「愛する」「くれ」など、規範から外れた活用)を正しく処理できなかった[4]。そのため、かな漢字変換の誤変換検出といった実用的な課題を解決するには、実際に使われているコーパスを調査し、言語の規則性を抽出して文法を記述するという手法が不可欠となっていた[4]。
このようにして確立された記述文法的な手法は、現代の自然言語処理における基盤となっている。文章を形態素に分割して品詞を特定する形態素解析は、機械翻訳、情報検索などに応用されるが、その辞書や文法モデルは、実際のコーパスに基づいて構築されている。20世紀後半以降のコンピュータの計算能力の向上と、大規模なコーパスの整備は、言語の統計的かつ客観的な分析を可能にし、記述文法の研究を大きく進展させる一因にもなった。
その他
日本語の不規則活用動詞には、いわゆる「サ変(する)」「カ変(くる)」以外に、「いう(言う/云う/謂う)」や「いく(行く/征く/逝く)」があり、「乞う/請う」「問う」は文語の活用を遺しているということが検証されている。
脚注
注釈
出典
- ^ a b 築島裕 (1959), p. 117.
- ^ 肥爪周二 (2016), p. 123.
- ^ 白石大二 (1948), p. 123.
- ^ a b 島田正雄 (1992), p. 53.
関連文献
- 図書
- 益岡隆志『三上文法から寺村文法へ:日本語記述文法の世界』くろしお出版、2003年11月。ISBN 4874242901。
- 下地理則『南琉球宮古語伊良部島方言』くろしお出版〈シリーズ記述文法1〉、2018年3月。 ISBN 9784874247600。
- 近藤泰弘『日本語記述文法の理論』ひつじ書房、2000年2月。 ISBN 489476122X。
- 城生佰太郎『言語学は科学である:「象ガ国会デ宿題ヲ忘レル」不思議への招待』情報センター出版局、1990年11月。 ISBN 4795810826。
- 仁田義雄『日本語文法研究序説:日本語の記述文法を目指して』くろしお出版、1997年10月。 ISBN 4874241484。
- 川本崇雄『日本語の源流』講談社〈講談社現代新書〉、1980年10月。 ISBN 406145594X。
- 築島裕『国語学要説』創元社、1959年4月。
- 白石大二『國語教育序論:言語技術學習指導の基礎』生活社、1948年6月。
- 論文
- かりまたしげひさ「消滅危機方言の継承のための記述文法:危機方言研究からみた日本語の記述文法の未来」『日本語文法』第11巻第2号、日本語文法学会、2011年9月、30-42頁、 ISSN 1346-8057。
- 安永尚志「日本古典文学作品本文データベースの開発とデータ記述文法について」『国文学研究資料館紀要』第18号、国文学研究資料館、1992年3月、1-18頁、 ISSN 0387-3447。
- 庵功雄 著「日本語記述文法と日本語教育文法」、森篤嗣、庵功雄 編『日本語教育文法のための多様なアプローチ』ひつじ書房、2011年10月、1-12頁。 ISBN 9784894765696。
- 井上和子「記述文法とMIT文法」『英語青年』第109巻第2号、研究社、1963年2月、 ISSN 0287-2706。
- 益岡隆志「日本語記述文法の新たな展開をめざして」『言語』第31巻第1号、大修館書店、2002年1月、85-91頁、 ISSN 0287-1696。
- 岡田誠「現代受身文の分類と理論:松下文法から日本語記述文法へ」『言語文化研究』第13号、静岡県立大学短期大学部言語文化学会、2014年3月、19-34頁、 ISSN 1347-1759。
- 岩田美穂、衣畑智秀「ヤラにおける例示用法の成立」『日本語文法』第11巻第2号、日本語文法学会、2011年9月、60-76頁、 ISSN 1346-8057。
- 菊田千春「複合動詞テミルの非意志的用法の成立:語用論的強化の観点から」『日本語文法』第11巻第2号、日本語文法学会、2011年9月、43-59頁、 ISSN 1346-8057。
- 近藤泰弘「記述文法の方向性:とりたて助詞の体系を例として」『国文学・解釈と教材の研究』第46巻第2号、学燈社、2001年2月、20-25頁、 ISSN 0452-3016。
- 金銀珠 著「近代日本の文法学成立におけるbe動詞解釈:記述文法学獲得への道」、釘貫亨、宮地朝子 編『ことばに向かう日本の学知』ひつじ書房、2011年10月、27-47頁。 ISBN 9784894765597。
- 高田祥司「岩手県遠野方言の推量表現:形式名詞の文法化に注目して」『日本語文法』第11巻第2号、日本語文法学会、2011年9月、111-127頁、 ISSN 1346-8057。
- 志澤剛「N1ナラN2条件形式の意味・機能と認可条件」『日本語文法』第11巻第2号、日本語文法学会、2011年9月、77-93頁、 ISSN 1346-8057。
- 守屋三千代「教育文法と記述文法との相互関係:アスペクトをめぐって」『日本語日本文学』第6号、創価大学日本語日本文学会、1996年3月、1-16頁、 ISSN 0917-1762。
- 狩俣繁久「消滅危機方言の記述文法は誰のために」『琉球の方言』第44号、法政大学沖縄文化研究所、2020年3月、1-13頁、 ISSN 1349-4090。
- 渋谷勝己「記述文法から見る『方言文法全国地図』」『日本語学』第26巻第11号、明治書院、2007年9月、164-172頁、 ISSN 0288-0822。
- 森勇太「授与動詞「くれる」の視点制約の成立:敬語との対照から」『日本語文法』第11巻第2号、日本語文法学会、2011年9月、94-110頁、 ISSN 1346-8057。
- 仁田義雄「日本語記述文法の研究対象としての自立化への歩み:時代背景の中で」『日本語/日本語教育研究』第11号、ココ出版、2020年12月、5-18頁。
- 定延利之「コミュニケーション研究からみた日本語の記述文法の未来」『日本語文法』第11巻第2号、日本語文法学会、2011年9月、3-16頁、 ISSN 1346-8057。
- 藤井文男「「言語学的経験論」:「文法」の概念に対する科学論的考察」『Artes liberales』第38巻、岩手大学人文社会科学部、1986年6月、51-70頁、 CRID 1390572174618459648、doi:10.15113/00013695、 ISSN 0385-4183。
- 島田正雄「汎用日本語解析系の試作:形態素解析コンパイラ・コンパイラの実現をめぐって」『bit』第24巻第12号、共立出版、1992年12月、 ISSN 0385-6984。
- 野田時寛 著「文法の書き方:現在の日本語記述文法の流れと問題点」、中央大学人文科学研究所 編『文法記述の諸相』中央大学出版部〈中央大学人文科学研究所研究叢書54〉、2011年3月、3-40頁。 ISBN 9784805753392。
- 野田春美「記述文法に基づいた日本語学概説」『日本語学』第29巻第4号、明治書院、2010年4月、4-13頁、 ISSN 0288-0822。
- 肥爪周二「橋本進吉」『日本語学』第35巻第4号、明治書院、2016年4月、120-123頁、 ISSN 0288-0822。
- 彭広陸「記述文法書における形態論の体系性に関する考察:『現代日本語文法1』を中心に」『対照言語学研究』第20号、海山文化研究所、2010年12月、101-115頁、 ISSN 0918-2101。
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