1955年モナコグランプリとは? わかりやすく解説

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1955年モナコグランプリ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/26 09:33 UTC 版)

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座標: 北緯43度44分4.74秒 東経7度25分16.8秒 / 北緯43.7346500度 東経7.421333度 / 43.7346500; 7.421333

 1955年モナコグランプリ
レース詳細
1955年F1世界選手権全7戦の第2戦
モンテカルロ市街地コース(1929-1972)
日程 1955年5月22日
正式名称 XIII Grand Prix Automobile de Monaco
開催地 モンテカルロ市街地コース
モナコ モンテカルロ
コース 市街地コース
コース長 3.145 km (1.955 mi)
レース距離 100周 314.5 km (195.5 mi)
ポールポジション
ドライバー メルセデス
タイム 1:41.1
ファステストラップ
ドライバー ファン・マヌエル・ファンジオ メルセデス
タイム 1:42.4
決勝順位
優勝 フェラーリ
2位
  • エウジェニオ・カステロッティ
ランチア
3位
マセラティ

1955年モナコグランプリ (1955 Monaco Grand Prix) は、1955年のF1世界選手権第2戦として、1955年5月22日モンテカルロ市街地コースで開催された。

当レースには「ヨーロッパグランプリ」の冠がかけられた[1][2]

レースは100周で行われ、フェラーリモーリス・トランティニアンが予選9位から優勝、ランチアのエウジェニオ・カステロッティが2位、マセラティジャン・ベーラとチェーザレ・ペルディーサが車両を共有して3位となった。

レース概要

1950年以来、5年ぶりにモンテカルロ市街地コースでF1が開催された[3]

メルセデスは曲がりくねった市街地コース用にショートホイールベース仕様のW196ファン・マヌエル・ファンジオスターリング・モスに用意した。通常仕様のハンス・ヘルマンは予選でクラッシュして重症を負い、アンドレ・シモンが急遽代走に起用された。予選はファンジオ、アルベルト・アスカリ、モスが0.1秒差にひしめく大混戦で、決勝もこの3人を軸として進んでいった。数周するとファンジオとモスのメルセデス勢が先行し、アスカリ、エウジェニオ・カステロッティ、ジャン・ベーラが追う展開になる。50周目にファンジオがトランスミッションを壊してしまいコース脇に止まりリタイアすると消耗戦の様相が増す。これでモスがトップに立ち、2位にアスカリが続き、モーリス・トランティニアンが3位まで上がっていた。80周を過ぎるとモスの視界に2位のアスカリのマシンが見え始めた。アスカリは周回遅れにされまいとブレーキが不調なマシンに鞭を打ちペースを上げていく。すると、モスがトンネルに差し掛かるところで白煙を上げてスローダウンしてしまい、メルセデスのモナコGP制覇の夢は潰えた。これでトップに立ったアスカリだったが、背後のモスがリタイアしたことを知らず、ペースを上げたまま海側のシケインに差し掛かる。焦りとブレーキ不調が重なり、コース脇の藁束を引っ掛けて姿勢を乱すと、アスカリはマシンともども海中に飛び込んでしまった。アスカリは自力で水面に上がって潜水夫の救助を受けたが、鼻の打撲と酷いショックを受けたこと以外は幸いにも無事だった。これでトップに立ったのはトランティニアンで、2位のカステロッティがトランティニアンに迫ったが、ヘアピンでミスを犯し勝敗は決した[4]。トランティニアンとイングルベールタイヤにとってはF1初勝利で、フランス人初のF1ウイナーとなった。地元モナコ出身のルイ・シロンは6位で完走し、55歳292日のF1最年長出走記録を達成した[4]

当レースから僅か4日後、アスカリがモンツァ・サーキットで事故死した。週末のスポーツカーレースに備えて同地で練習走行していたフェラーリのピットを訪れたアスカリは、後輩カステロッティのマシンを借りてコースに出ていくとクラッシュを起こし、ほぼ即死の状態だった。クラッシュの原因は最後までわからなかった[5](詳細はアルベルト・アスカリ#事故死を参照)。アスカリ事故死の報せを受け、既に資金的に行き詰まっていたランチアはGP参戦計画の中止を表明した[6]

エントリーリスト

No. ドライバー エントラント コンストラクター シャシー エンジン タイヤ
2 ファン・マヌエル・ファンジオ ダイムラー・ベンツ メルセデス W196 メルセデス M196 2.5L L8 C
4 ハンス・ヘルマン
アンドレ・シモン 1
6 スターリング・モス
8 ロベール・マンヅォン エキップ・ゴルディーニ ゴルディーニ T16 ゴルディーニ 23 2.5L L6 E
10 ジャック・ポレー
12 エリー・バイヨル
14 ルイ・ロジェ エキュリー・ロジェ マセラティ 250F マセラティ 250F1 2.5L L6 P
18 マイク・ホーソーン ヴァンウォール・プロダクツ・リミテッド ヴァンウォール VW55 ヴァンウォール 254 2.5L L4 P
20 ケン・ウォートン 2
22 ランス・マックリン スターリング・モス・リミテッド マセラティ 250F マセラティ 250F1 2.5L L6 D
24 テッド・ホワイタウェイ テッド・ホワイタウェイ HWM 53 アルタ GP 2.5L L4 D
26 アルベルト・アスカリ スクーデリア・ランチア ランチア D50 ランチア DS50 2.5L V8 P
28 ルイジ・ヴィッロレージ
30 エウジェニオ・カステロッティ
32 ルイ・シロン
34 ジャン・ベーラ オフィシーネ・アルフィエリ・マセラティ マセラティ 250F マセラティ 250F1 2.5L L6 P
36 ロベルト・ミエレス
38 ルイジ・ムッソ
40 チェーザレ・ペルディーサ
42 ジュゼッペ・ファリーナ スクーデリア・フェラーリ フェラーリ 625 フェラーリ Tipo555 2.5L L4 E
44 モーリス・トランティニアン
46 ハリー・シェル 555
48 ピエロ・タルッフィ
ポール・フレール 3
ソース:[7]
追記
  • ^1 - ヘルマンは予選でクラッシュして重症を負ったため、シモンが代走[4]
  • ^2 - ウォートンは負傷のため欠場
  • ^3 - 交代要員としてエントリー

結果

予選

順位 No. ドライバー コンストラクター タイム
1 2 ファン・マヌエル・ファンジオ メルセデス 1:41.1
2 26 アルベルト・アスカリ ランチア 1:41.1 0.0
3 6 スターリング・モス メルセデス 1:41.2 + 0.1
4 30 エウジェニオ・カステロッティ ランチア 1:42.0 + 0.9
5 34 ジャン・ベーラ マセラティ 1:42.5 + 1.4
6 36 ロベルト・ミエレス マセラティ 1:43.7 + 2.6
7 28 ルイジ・ヴィッロレージ ランチア 1:43.7 + 2.6
8 38 ルイジ・ムッソ マセラティ 1:44.3 + 3.2
9 44 モーリス・トランティニアン フェラーリ 1:44.4 + 3.3
10 4 アンドレ・シモン メルセデス 1:45.4 + 4.3
11 40 チェーザレ・ペルディーサ マセラティ 1:45.6 + 4.5
12 18 マイク・ホーソーン ヴァンウォール 1:45.6 + 4.5
13 8 ロベール・マンヅォン ゴルディーニ 1:46.0 + 4.9
14 42 ジュゼッペ・ファリーナ フェラーリ 1:46.1 + 5.0
15 48 ピエロ・タルッフィ フェラーリ 1:46.4 + 5.3
16 12 エリー・バイヨル ゴルディーニ 1:46.7 + 5.6
17 14 ルイ・ロジェ マセラティ 1:46.8 + 5.7
18 46 ハリー・シェル フェラーリ 1:46.9 + 5.8
19 32 ルイ・シロン ランチア 1:47.3 + 6.2
20 10 ジャック・ポレー ゴルディーニ 1:49.4 + 8.3
21 22 ランス・マックリン マセラティ 1:49.4 + 8.3
22 24 テッド・ホワイタウェイ HWM-アルタ 1:57.2 + 16.1
ソース:[8]

決勝

順位 No. ドライバー コンストラクター 周回数 タイム/リタイア原因 グリッド ポイント
1 44 モーリス・トランティニアン フェラーリ 100 2:58:09.8 9 8
2 30 エウジェニオ・カステロッティ ランチア 100 +20.2 4 6
3 34 ジャン・ベーラ
チェーザレ・ペルディーサ
マセラティ 99 +1 Lap 5 2
2
4 42 ジュゼッペ・ファリーナ フェラーリ 99 +1 Lap 14 3
5 28 ルイジ・ヴィッロレージ ランチア 99 +1 Lap 7 2
6 32 ルイ・シロン ランチア 95 +5 Laps 19
7 10 ジャック・ポレー ゴルディーニ 91 +9 Laps 20
8 48 ピエロ・タルッフィ
ポール・フレール
フェラーリ 86 +14 Laps 15
9 6 スターリング・モス メルセデス 81 +19 Laps 3
Ret 40 チェーザレ・ペルディーサ
ジャン・ベーラ
マセラティ 86 スピンオフ 11
Ret 26 アルベルト・アスカリ ランチア 80 アクシデント 2
Ret 46 ハリー・シェル フェラーリ 68 エンジン 18
Ret 36 ロベルト・ミエレス マセラティ 64 トランスミッション 6
Ret 12 エリー・バイヨル ゴルディーニ 63 トランスミッション 16
Ret 2 ファン・マヌエル・ファンジオ メルセデス 49 トランスミッション 1 1
Ret 8 ロベール・マンヅォン ゴルディーニ 38 ギアボックス 13
Ret 4 アンドレ・シモン メルセデス 24 エンジン 10
Ret 18 マイク・ホーソーン ヴァンウォール 22 スロットル 12
Ret 14 ルイ・ロジェ マセラティ 8 燃料漏れ 17
Ret 38 ルイジ・ムッソ マセラティ 7 トランスミッション 8
DNQ 22 ランス・マックリン マセラティ 予選不通過
DNQ 24 テッド・ホワイタウェイ HWM-アルタ 予選不通過
DNQ 4 ハンス・ヘルマン メルセデス 予選でアクシデント(シモンに交代)
ソース:[9]

注記

ラップリーダー
車両共有
F1デビュー
  • チェーザレ・ペルディーサ - 初入賞(3位)と初表彰台も記録
  • テッド・ホワイタウェイ - 予選不通過
その他
  • ルイ・シロンが55歳292日の最年長出走記録を更新。6位で完走して最年長完走記録も更新した。

第2戦終了時点のランキング

ドライバーズ・チャンピオンシップ
順位 ドライバー ポイント
1 1 モーリス・トランティニアン 11 13
1 2 ファン・マヌエル・ファンジオ 10
1 3 ジュゼッペ・ファリーナ 6 13
10 4 エウジェニオ・カステロッティ 6
1 5 ホセ・フロイラン・ゴンザレス 2
  • : トップ5のみ表示。ベスト5戦のみがカウントされる。

脚注

[脚注の使い方]
  1. ^ Kettlewell, Mike. "Monaco: Road Racing on the Riviera", in Northey, Tom, editor. World of Automobiles (London: Orbis, 1974), Volume 12, p.1383.
  2. ^ 当時は毎年各国の持ち回りにより、その年の最も権威のあるレースに対して「ヨーロッパGP」の冠がかけられていた。
  3. ^ 1952年にもモナコGPが開催されたが、スポーツカーによるレースであった
  4. ^ a b c (林信次 2000, p. 117)
  5. ^ (林信次 2000, p. 117,119)
  6. ^ (林信次 2000, p. 119)
  7. ^ Monaco 1955 - Race entrants”. statsf1.com. 2017年12月18日閲覧。
  8. ^ Monaco 1955 - Qualifications”. statsf1.com. 2017年12月17日閲覧。
  9. ^ 1955 Monaco Grand Prix”. formula1.com. 2014年11月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年8月9日閲覧。

参照文献

  • Kettlewell, Mike. "Monaco: Road Racing on the Riviera", in Northey, Tom, editor. World of Automobiles, Volume 12, pp. 1381–4. London: Orbis, 1974.
  • 林信次『F1全史 1950-1955』ニューズ出版、2000年。ISBN 4-89107-019-6

外部リンク


前戦
1955年アルゼンチングランプリ
FIA F1世界選手権
1955年シーズン
次戦
1955年インディ500
前回開催
1952年モナコグランプリ
モナコグランプリ 次回開催
1956年モナコグランプリ
前回開催
1954年ドイツグランプリ
ヨーロッパグランプリ
(冠大会時代)
次回開催
1956年イタリアグランプリ



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