駅前開発
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「聖蹟桜ヶ丘駅」も参照 1984年3月、ザ・スクエアがオープンした。ザ・スクエアは聖蹟桜ヶ丘駅から徒歩1分、地下1階から地上2階までショッピングセンターで、3階から14階まで住居363戸の大規模マンションである。2階に多摩市立関戸図書館が入った。同年8月1日に開館した。 聖蹟桜ヶ丘駅前は京王グループが1980年代後半に開発した。もともと聖蹟桜ヶ丘では1962年に京王桜ヶ丘住宅地の分譲が始まり、その後も沿線に多摩ニュータウンなど多くの住宅地が造られたり、大学のキャンパスが移転してきたりして、さらに人口が増加した。そうしたなかで、聖蹟桜ヶ丘の中核となり、地域住民のニーズを満たすような商業施設があったほうが良かろうという話が持ち上がった。京王グループは駅周辺に相当まとまった社有地を持っていたこともあって、1984年2月から「聖蹟桜ヶ丘駅周辺総合開発」に着手した。これは聖蹟桜ヶ丘駅周辺36千m2余りの敷地に駅・バスターミナル・商業施設などを一体的に総合開発するものであった。1986年3年28日、京王聖蹟桜ヶ丘ショッピングセンター(せいせきSC)のA館とB館がオープンした。聖蹟桜ヶ丘駅に直結し、また、周辺住宅地や隣接駅とを結ぶ放射状のバス路線網の中心にも位置する、地域の生活動線の中心にある商業施設といえるものだった。1988年には、せいせきSCのC館がオープンした。京王グループの新本社ビルも竣工した。3月14日、京王グループ各社は本社を新宿からここへ移転した。聖蹟桜ヶ丘駅周辺総合開発が完了した。 聖蹟桜ヶ丘駅南口地区は1990年代後半に住宅・都市整備公団(現UR都市機構)が開発した。この地区は駅から川崎街道を越えた南側にあり、交通量の激しい川崎街道によって駅前と分断されていた。土地の有効利用が進まず、広場なども十分でなかった。地区西側のさくら通りや地区南側の九頭竜通りは道幅が狭く、安全性が問題になっていた。公団は「聖蹟桜ヶ丘駅南口地区第一種市街地再開発事業」により、土地の高度利用による複合施設を計画し、核となる大型商業施設と多摩市立文化施設を誘致し、超高層マンションを建設することにした。これと併せて、既存道路を拡張整備し、新設道路を建設し、広場を創出し、駅と直結するペデストリアンデッキを川越街道の上に建設するなどして都市基盤の整備を図ることにした。この「聖蹟桜ヶ丘駅南口地区第一種市街地再開発事業」は1995年に始まった。1999年9月に「ヴィータ聖蹟桜ヶ丘」が開設された。商業施設としてOPA(当時ダイエー系)が入った。公共施設として関戸公民館が入った。URの住宅棟は「聖蹟桜ヶ丘ビュータワー」と名づけられた。 2009年3月26日、せいせきSC別館「せいせき さくらゲート」がオープンした。 2013年改定の多摩市都市計画マスタープランでは、聖蹟桜ヶ丘駅の北側や西側に広大な空地があり、駅周辺に多くの空き施設があることから、空地を活用した再開発を図るとともに、空き施設を用いた商店街の活性化を一体的に進めることになった。 2013年7月には地権者が中心となって「聖蹟桜ヶ丘駅北口周辺地域街づくり計画」を定め翌年1月に多摩市の認定をうけた。東京都都市整備局の「多摩市聖蹟桜ヶ丘北地区土地区画整理事業」は、空き地や利用度の低い土地を核として、周辺の未整備地の有効利用を促進する計画である。広域拠点の実現に寄与するため、交通基盤、駅周辺の回遊性、多摩川の自然へのアクセス、治水などの向上を図る。道路や公園など公共施設を先に整備することで健全な環境を有する市街地を形成する。面積は約2.6ヘクタール、施工期間は2017年3月8日から2020年9月末の予定である。 多摩市の「聖蹟桜ヶ丘北地区地区計画」では33階建てのタワーマンションを建築することになった。完成すると多摩市内で最も高い建物になる。2019年4月に近隣住民へ説明会を行った。「(仮称)聖蹟桜ヶ丘プロジェクトA敷地」のタワーマンションで、建築主は東京建物と東栄住宅、地下1階・地上33階・高さ112.24m・520戸。公開空地を設け防災広場やイベント広場として利用する。2020年2月上旬着工、2022年2月下旬の完成を目指している。多摩市都市計画課は、このタワーマンションが多摩市の玄関口のシンボルになり、地域の活性化につながることを期待している。マンション名は「(仮称)ブリリアタワー聖蹟桜ヶ丘ブルーミングレジデンス」である。
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