膜電位感受性色素の探索
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/08/07 16:45 UTC 版)
「膜電位感受性色素」の記事における「膜電位感受性色素の探索」の解説
複屈折と光散乱変化の膜電位依存性成分を検討したCohenら (1971, 1972) はイカ巨大神経線維の膜電位固定法の実験によりANSとTNS (2-p-toluidinyl-6-naphthale sulfonate) の螢光変化と膜電位との関係も詳しく調べた。その結果、ANS, TNSの螢光変化も、「コンダクタンスの増大に対する構造的基礎を与えるものでなく、膜電位の変化によって引き起こされた膜構造の二次的変化についての情報を与えているに過ぎない」と示唆した (Davila, et al, 1974)。これは興奮のメカニズムと関係する膜分子のconformationの変化を反映しているとするTasakiら (Conti, et al, 1971 ; Tasaki, et al, 1972) の主張とは対立するもので、両グループ間で激しい論争が引き起こされた。Cohenのグループはさらにいろいろな色素について調べたが、結局、コンダクタンスの変化を反映するような色素を見いだすことはできず、観測された螢光変化はすべて膜電位を直接コピーしているだけであるという結果のみが得られたのである。 これらの実験の過程で、特にMerocyanine 540がイカ巨大神経線維の活動電位に伴って静止電位に対して 10-4 のオーダーという極めて大きな螢光変化を示すことが見いだされた(Davila, et al, 1973)。さらに、この色素で、螢光だけでなく、活動電位に伴って吸光変化もまた大きく変化することが示された (Ross, et al, 1974)。このような一連の実験結果から、「膜電位に感受性を持つ色素 (voltage-sensitive dyes) を膜電位のプローブ (potential probe)として膜電位を光学的に測定する方法」のアイデアがはっきりとした形となり、Cohenの研究室で、まず、ポテンシャル・プローブとしてできるだけすぐれた膜電位感受性色素の探索が始められたのである。ここに至るまでのいきさつについてはCohen (1973), Cohen and DeWeer (1977), Cohen and Salzberg (1978) による総説に詳しく述べられている。色素のスクリーニングが始められたとき、色素の化学構造とか物理化学的性状と膜電位感受性色素との相関性はもとより、どのような、そして、どれくらいの色素が膜電位に感受性を示すのか、皆目わからなかった。そこで、Cohenらは、ありとあらゆる色素を枚挙的に網羅してスクリーニングテストするという方法をとった。ヤリイカの巨大神経線維をいろいろな色素で染色し、それに膜電位固定を行い、それに伴う吸光、螢光の変化を測定して、膜電位変化に対する感受性がテストされた。そして、得られたデータから色素の構造と膜電位感受性との相関性を類推しながら、新しい色素を試行錯誤的にデザインし、それを合成して、ヤリイカの神経線維でテストを繰り返し、そこから得られた結果に基づいて、さらに新しい色素を合成していくという方法で進められた (Cohen, et al, 1974 ; Ross, et al, 1977 ; Gupta, et al, 1981)。新しい色素の合成は A. S. Waggonerの研究室と日本感光色素研究所(現 林原生物化学研究所)の協力を得てなされた。1,000種類以上の色素がスクリーニングテストにかけられ、まずmerocyanine-rhodanine系 (Ross, et al, 1977), merocyanine-oxazolone系 (Gupta, et al, 1981) 色素が選び出された。その際、色素の選定基準としては、 信号対雑音比 (S/N) が大きい、 背景光に対する光学的変化ができるだけ大きい、 神経線維に対する薬理的、光化学的毒性ができるだけ小さいか無視できる、 色素の退色時間ができるだけ長いということと、 膜電位変化に対する応答時間(時定数)が短い ということがあげられた。色素の毒性や光化学的影響は光学的測定で深刻な問題であり、これについては、膜電位固定したときの内向き電流、いわゆるNa電流が減衰する時間を調べることによって厳しくテストされた。その結果、Merocyanine 540は大きなシグナルが得られるにもかかわらず、光化学的毒性が大きいことから (Ross, et al, 1977), 膜電位測定用のプローブとして適していないと判定された。しかし、この色素が見いだされたことが膜電位に高感受性をもつmerocyanine-rhodanine系やmerocyanine-oxazolone系色素の合成につながったのである。その後も、主として、Grinvaldの研究室で、Rina Hildesheimにより色素の合成が続けられ、merocyanine系色素に加えて、現在用いられているoxonol系、styryl系色素が選びだされた (Grinvald, et al, 1980, 1982a)。色素についてはまだ改良すべき多くが残されており、その探索は現在も続けられている。
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