脳関連要因
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/05 22:56 UTC 版)
高橋らは、PETスキャンを用いて、線条体のD1受容体の密度が低い人は、先を見越した意思決定をしにくくより感情に影響されやすく、低確率を高めに見積もってワクワクしたり、また高確率を低く見積もってハラハラしたりする傾向があり、ギャンブルにはまりやすくなると推測した。また視床のノルアドレナリン・トランスポーターの密度が高い人ほど損失忌避性が小さくり、勝負に大胆になることを示した。 鶴見らは、ギャンブル障害患者らに報酬を伴う簡単なゲームを行い、健常者に比べて、腹側被蓋野、側坐核などの報酬系の賦活が小さく、また右の島皮質の賦活も小さいことを示した。鶴見らは、ドーパミンの関与の強い報酬系の賦活が小さいのはギャンブラーは報酬慣れしているためと考えた。さらに鶴見らは飢餓や渇望といった身体状態を作り食べ物や薬物への衝動を生み出す島皮質の賦活の減少について、報酬期待下の島皮質の活動低下がギャンブル障害のバイオロジカルマーカーになるのではないかと推測している。腹側被蓋、側坐核、島皮質、視床下核が行動の開始あるいは維持についてのコストベネフィットを計算し、遺伝子の読出しパターンを変化させるとの考えも動物実験等で提案されている。 竹内らはギャンブル障害患者らを損失忌避性で二つに分け脳構造を比較している。いずれの群も縁上回、小脳後葉の灰白質が小さく、損失忌避性の高い群では右の小脳後葉と両側の内側眼窩前頭前皮質が顕著に小さかったことを報告している。 藤本らは、ギャンブル障害では、許容できるリスクの大きさを柔軟に切り替えることに障害があり、リスクを取る必要のない条件でも、不必要なリスクを取ることを明らかにした。また、ギャンブル障害では、ノルマの厳しさを正しく認識するのに必要な前頭葉の背外側前頭前野の活動が低下していること、リスク態度の切り替えに重要な背外側前頭前野と内側前頭前野の結合が弱いほど、ギャンブルを絶っている期間が短く、また、リスクを取る必要のない条件でハイリスク・ハイリターンのギャンブルを選択する傾向が強いことを示している。 こうした脳の構造や活動の差が、持続的かつ反復性のギャンブルによって起こったのか、それ以前からの差なのか、あるいは以前からこの傾向があり強化されたのかは不明である。 物質使用障害、嗜癖性障害との関連がしばしば指摘されている新奇探索傾向を示す男女200人ほどを14歳から16歳まで追跡調査した研究では、誠実さ(誠実でないと物質使用問題を抱えやすい)、報酬の時間割引の大きさ(報酬をもらえる時期が遅れるとその報酬の価値が小さくなると感じる度合いが大きいと≒即時報酬を好む度合いが大きいと、物質使用の問題を抱えやすい)が物質使用問題とかかわることが示され、また、Monetary Incentive Delay Taskで、小さい報酬と大きい報酬での腹側線条体、中脳、背外側前頭前野の活動差が14歳時点で小さいと、16歳で物質問題を抱えやすいことが明らかにされた。これに類する課題での報酬反応の低下は、虐待等での愛着障害でも報告されており、その関与もあるかもしれない。かつてPTSDによって海馬が小さくなったと考えられたものが、今ではもともと海馬の小さいものがPTSDを発症しやすいと考えられていることや、ギャンブル障害における遺伝の影響を合わせて考えると、持続的かつ反復性のギャンブルを行う以前からなんらかの脳の構造や活動に差があったとみる方が妥当かもしれない。いずれにせよ、横断的な研究では相関関係しか論じられないので、今後、個々人を追う縦断的な研究によって因果関係に踏み込んでいく必要がある。 ただし、脳は可塑性に富み、柔軟に変化しうるので、脳の構造差や活動の差が、事前であれ、事後であれ、あるいはその相互作用であれ、あったにしても、そのことをどこまで重視すべきかは不明である。
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