練習特務艦としてとは? わかりやすく解説

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練習特務艦として

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/28 01:48 UTC 版)

朝日 (戦艦)」の記事における「練習特務艦として」の解説

1923年大正12年)にワシントン軍縮条約により練習艦として保有許されたので兵装装甲撤去し練習特務艦となった同年4月1日、3隻(敷島朝日須磨)は軍艦籍より除籍され艦艇類別等級表からも削除された。敷島朝日練習特務艦類別された。1924年大正13年7月海防艦石見航空機基地航空隊空母鳳翔航空隊)の標的として処分されることになった演習海域三浦半島城ヶ島西方まで、朝日石見曳航した。沈まない場合は、駆逐艦浦風による撃沈処分予定されていた。だが7月9日以降爆撃実験大破石見沈没したこのころに第70潜(呂31)、第43潜(呂25)と潜水艦事故続けて起こった為、1925年大正14年)に潜水艦救難設備設置した。これは舷側ブラケット設置し、これを支点として片舷に沈没潜水艦位置させ、反対舷に廃潜水艦置いてワイヤで結び、つるべ式に比較少ない力で沈没潜水艦浮上させようという原理だった。改造の際に機関部改装おこない一本煙突となっている。朝日は呉に常駐し潜水艦事故備えていた。 1927年昭和2年5月19日からは〇一潜水艦沈没潜水艦浮揚する際の錘(沈錘船)として改装し1932年昭和7年4月1日雑役船公称第2929号が登場してからは〇一潜水艦改め公称第2900号を重錘に、公称第2929号を沈没潜水艦仕立てて潜水艦救難実験訓練従事する1937年昭和12年5月31日、沈錘船2隻が老朽化したことや、朝日工作艦へ改装される際に救難設備撤去することが決まったため、沈錘船は製鋼材料とすることとなった朝日工作艦へ改装同時に救難設備撤去し公称第2900号、公称第2929号は同年6月26日廃船となった朝日救難設備事故使用されることはなかった。朝日にかわり、知床型給油艦佐多潜水艦救難艦改造された。 また、朝日1928年昭和3年)には試製呉式一号射出機仮装備し、日本海軍初の射出実験行った撤去され前部主砲は、海軍砲術学校教材として泊浦海岸据え付けられた。

※この「練習特務艦として」の解説は、「朝日 (戦艦)」の解説の一部です。
「練習特務艦として」を含む「朝日 (戦艦)」の記事については、「朝日 (戦艦)」の概要を参照ください。

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