経理部新設と教育改革
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/07/03 01:46 UTC 版)
「陸軍経理学校」の記事における「経理部新設と教育改革」の解説
1902年(明治35年)2月、陸軍武官官等表改正(勅令第11号)が施行され、陸軍の経理武官はそれまで監督部(一等監督から監督補まで)と軍吏部(一等軍吏から三等計手、三等縫工長、三等靴工長まで)の2部によって構成されていたものが統合され、経理部となった。また、それまで経理官になかった准士官の階級が置かれるようになった。 陸軍武官官等表改正による陸軍経理官の階級は次のとおりである(1902年2月時点)。 経理部 将官相当官: 陸軍監督総監(中将相当) 陸軍監督監(少将相当) 上長官: 陸軍一等監督(大佐相当) 陸軍二等監督(中佐相当) 陸軍三等監督(少佐相当) 士官: 陸軍一等副監督(大尉相当) 陸軍二等副監督(中尉相当) 陸軍三等副監督(少尉相当) 士官: 陸軍一等軍吏(大尉相当) 陸軍二等軍吏(中尉相当) 陸軍三等軍吏(少尉相当) 准士官: 陸軍上等計手(特務曹長相当) 下士: 陸軍一等計手(曹長相当) 陸軍二等計手(軍曹相当) 陸軍三等計手(伍長相当) 下士: 陸軍一等縫工長(曹長相当) 陸軍二等縫工長(軍曹相当) 陸軍三等縫工長(伍長相当) 下士: 陸軍一等靴工長(曹長相当) 陸軍二等靴工長(軍曹相当) 陸軍三等靴工長(伍長相当) 同年同月、陸軍補充条例中改正(勅令第14号)が施行された。この改正の大部分は新設された陸軍経理部における士官の補充についてであり、改正第28条で「経理部現役士官の補充は現役各兵科中少尉にして経理学校卒業証書を所持する者、および監督候補生にして経理部士官たるの資格を備うる者を以ってす」と定められた。監督候補生の有資格者は次のとおり。 帝国大学法科大学の学生で陸軍経理部委託学生となり、同学の課程を卒業した者。 高等商業学校の生徒で陸軍経理部委託生徒となり、同学校の課程を卒業した者。 委託学生や委託生徒ではなく、帝国大学法科大学または高等商業学校の課程を卒業した者。 上記3条件のいずれかを満たし、陸軍省経理局長の命により採用された監督候補生は歩兵連隊に配賦され、およそ1年間の軍事教育を修得したのち見習監督(兵科の見習士官に相当)を命じられ陸軍経理学校に入校する。陸軍外の高等教育修習者によって経理部士官を補充する新制度である。 同じ1902年2月、陸軍経理学校条例改正(勅令第24号)も施行され、同校の教育体系は陸軍補充条例の改正に合わせ大きく変革した。学校条例第1条で陸軍経理学校は「陸軍経理部士官と為すべき者を養成する所」と定められた。陸軍経理学校では従来のように部内の士官あるいは下士から経理部士官を補充する教育は行われなくなった。また兵卒を縫工長、靴工長に養成することも廃止となった。学校の編制はそれまで陸軍省経理局長に隷していた校長が直接陸軍大臣に隷するようになり、副官、教官、下士ならびに判任文官その他である。 学校条例改正による陸軍経理学校の被教育者は次のとおり(1902年2月時点)。 学生 陸軍経理部士官となるべき教育を受ける。 年齢30歳以下であり、各兵科の現役中尉あるいは現役少尉の志願者で試験に合格した者(陸軍大学校卒業者は試験免除)、または監督候補生のうち見習監督を命じられた者。 各兵科の中尉・少尉の修学期間は約2年、監督候補生の修学期間は約6か月。 条例改正によって陸軍経理学校は卒業者のうち優秀な者を選抜し員外学生として帝国大学に入学させ、必要な学科を研究させることが可能となった。また補充上の必要により「当分のうち」として同校に監督講習生を置くことも定められた。監督講習生は各兵科の現役士官の志願者で試験に合格した者(陸軍大学校卒業者は試験免除)、または現役陸軍軍吏のうち選抜され試験に合格した者が採用される。監督講習生の修学期間は約6か月である。 将来の陸軍高級経理官とするため陸軍部外の高等教育機関から監督候補生を採用した試みは、帝国大学出身者によって占められている大蔵省など他省庁の官僚にならったものと論評されるが、当時の大学進学者は実務を主眼とする陸軍経理の実態に合う者がきわめて少なく、監督候補生は4名の高級経理官を出したのみで短期間のうちに制度廃止となった。
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