矢毒の製法
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/07 14:09 UTC 版)
矢毒の主原料は、スㇽク(トリカブト)である。スㇽクの語は毒そのものの名称でもある。まず晩秋に山野でトリカブトの根を採集し、炉の火棚の上で一か月以上乾燥させる。その後に専用の石臼で搗き砕き、水を加えてペースト状にしてから毒の強弱を確認する。確認方法には「舌の上に笹の葉を敷いたうえでトリカブトを載せ、伝わる疼痛で確認する」「左手の小指と薬指の間に挟む」と極端に危険なものから、「メクラグモの口に塗りつける。毒が強烈ならば、間もなく足がもげ落ちる」というものがある。ベースとなるトリカブトにテンナンショウの根、イケマの根、マツモムシ、メクラグモ、ハナヒリノキ、ニガキ、タバコ、さらには沢蟹やキイチゴなどを練りこんで毒性を高める。これらの混ぜ物には実際の毒性生物もあるが、毒性を意図せず、呪術的な観点から加えられたものもある。無毒のメクラグモを混ぜ込む目的は、「仮に人に当たるようなことがあった場合、回復が早まるように」との配慮からである。「利口な生き物であるキツネの胆汁を混ぜれば、効果が高まる」との伝承も存在した。調合に決まったレシピは存在せず、地方ごと、あるいは各人ごとに秘伝が保持されていた。 スㇽクは各人が一種類のみ作り出すのではなく、毒の強弱をそれぞれ分けて5、6種類ほどのものを完成させる。鏃に塗布する際は、まず緩効性で毒性が強いものを塗り、その上に即効性で毒性が弱いものを重ね、最後に松脂で固める。この際に留意すべきは「獲物を得やすく、人間が安全に利用できるだけの毒性」を守ることである。毒性が弱ければ矢が命中しても獲物に逃げられてしまう。反対に毒性が強すぎれば獲物の全身に毒が回って食用にはならない。このような獲物は毛皮に加工しても耐久性が弱く、すぐに毛が抜け落ちてしまう。そのさじ加減を見極めて、毒を調合する。しかしながら人食い熊を退治する場合は、最大限に毒性を強めたものを用いる。ヒグマをカムイと崇拝するアイヌの信仰世界においても、人を殺傷した熊はウェンカムイ(悪い神、悪魔)と見なされる。その肉や毛皮は利用されることはなく、腐り果てるにまかせる。 明治中期、関場不二彦が日高・沙流川流域のアイヌから得た情報によれば、トリカブトのみの毒を受けたヒグマは当初は暴れるが徐々に静かになり、四肢を硬直させ口から泡を吹いて死に至るという。その間は、約2時間以内である。調合を重ねて毒素を強めた矢毒なら1時間以内で絶命する。アマッポの設置地点から、半径20m以内に斃死しているものだという。設置場所から離れた場所で斃れた獲物の所有権を示すため、矢には家紋であるアイシロシをあらかじめ刻み込んでおく。毒矢で捕った獲物は、矢を受けた個所の肉を「握りこぶしほど」あるいは「大人の両手で掬えるだけ」の肉をえぐり取って捨てれば、他は食べても問題がなかった。しかし生食はせず、必ず加熱調理したうえで口に入れる。 トリカブト毒には、有効な解毒法は存在しない。アマッポの誤射などで毒を受けた場合は、即座に矢の周辺の肉をえぐり取る以外に治療法がなかった。
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