正史執筆の材料
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/04 13:58 UTC 版)
劉知幾は、正史について論じつくした後の「雑述」篇において、正史を執筆する際の材料として用いることのできる史料を十種類に分け、それぞれの長所・短所を以下のように論じている。 偏記 - 一つの政権についての記録。陸賈『楚漢春秋』など。 小録 - 人物のついての短い記録。戴逵『竹林名士』など。以上の二つは即日当時の記録であり、実録として価値の高いものである。しかし言葉遣いが素朴なものが多いうえに、内容も完備しておらず、そのまま歴史書の記述として用いて後世に伝えることはできない。 逸事 - 前史の遺漏したところを後人が集めた書籍。葛洪『西京雑記』など。異説を求める際に有益であるが、編纂者によっては真偽を確かめないままに伝聞を載せており、真偽が入り混じっている。場合によっては、人を驚かせるために作られた全くの虚構が書かれている。 瑣言 - 市井で流行していた逸話を記録したもの。『世説新語』など。当時の権力者を話題に載せている点では有益だが、悪意が込められた話や卑俗な話も多く、名教を傷つけるものもある。 郡書 - 郷土学者による地方の列伝。周斐『汝南先賢伝』など。詳細・該博なものもあるが、多くは郷土の人々によって過度に美化されており、本当に世に伝えるべき人は少ない。 家史 - 一家の伝記。揚雄『家牒』など。一族の中で伝えられるのはよいが、国史に載せるのは難しい。 別伝 - 賢士・貞女を分類して集めた書。劉向『列女伝』など。前史から採録したものがほとんどだが、稀に異説を含むものがある。 雑記 - 怪物・異聞を求めて集めた書。干宝『捜神記』など。神仙の道を論じる場合には、養生術や勧善懲悪を説いており有益である。しかし、怪異や妖邪を好んでを集めたものは見るべきものがない。 地理書 - 地方の土地・山川・風俗・物産を記した書。常璩『華陽国志』など。良質なものは記述に偏りがなく、その文章も高雅である。しかしそれ以外のものは、自分の住む場所を過度に持ち上げる点や、城跡・山水の命名の由来を根拠なき故実に求める点に短所がある。 都邑簿 - 制度の記録。潘岳『関中』など。宮廷や宗廟、都市の規模を明らかにするものはよいが、何でも詳しく書きすぎて煩雑に過ぎるものもある。 なお、以上の十種のほかに、史書の材料として用いられるものに起居注(皇帝の言行記録)・職官書・簿籍(政府官庁の制度の記録)などがあるが、上の分類には組み込まれていない。古勝 (2010, pp. 231-232)は、起居注は門下省、職官は吏部、簿籍は秘書省といったように整理を担当する部署が異なっており、上の十種は劉知幾が実際に史官として史館で務める際に整理の必要があった史書の範囲を反映しているとする。 また、以上の十種の史料の特徴を踏まえた上で、どのように史料を選択するべきかということは「採撰」篇に書かれている。
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