構築物101号
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/11/03 19:44 UTC 版)
形成期中期に、ヤルメラでは、高さ20mのエル・セリットス・マウンドとも呼ばれる構築物101号が築かれた。構築物101号の基礎部分は、幅70m、長さ110mに達する。ディクソンによるトレンチ調査によって判明した基壇部分にみられる床面の部分的な断面からこの建物の大部分が丸石などによって葺き石がなされていたことがわかってきている。 構築物101号には、現在の地表に至るまで形成期後期、古典期、スペイン征服後から近代にいたるまでの遺物が含まれる厚さ60cm以上の堆積層があるが、1990年にそういった堆積部分を発掘調査することによって、もともとは、数十年間にわたって平屋の建物群が建てられていてさらに高かったことが判明し、その下からメソアメリカ南東部周辺地域ではおそらく最古に属する当時の支配階層によって居住がなされたか儀式が行われたことを示唆する遺構である形成期中期の貯蔵施設も発見された。 また構築物101号の基壇の上には、南北32m、東西14mくらいの茅葺木柱の建物がメインプラザの主軸である東西方向を意識して東向きに建てられていた。 構築物101号の正面には、石灰岩によって表面が仕上げられた幅3.5mの中庭ないしベランダというべき設備が設けられていた。1988年の調査で、基壇の東側に2か所の漆喰の施された床が確認され、主建造物の基壇の上に垂直の向きに向かい合っているふたつの小さな建物があったことが判明した。 1990年の調査で、構築物101号に基壇の頂部に達する階段の有無を示唆する成果がみられた。南側面に沿って二つのテラスのようなものが確認され、当時はおそらく石灰岩の漆喰によって表面が塗り固められていた砂とそれをしきつめた粘土でできた狭い床面の層によって分割されている残存している厚さ1.2~1.6m、高さ1.6mに達する壁が確認された。これは、構築物101号にもともと基壇の頂部に達する中央の階段があったが、植民地時代以降にとりはらわれたのではないかとディクソンは考えている。 101号の脇や後方などに平行に敷石によって幅1.5mの歩道ないし液体を流す樋のような設備が設けられていた。この設備についてディクソンは、ブライアン・ディロン(Brian Dillon)の私信から、グアテマラのアバフ・タカリクにもみられるような形成期の水路設備であると推察している。 構築物101号の内部には、もともとの床面の上になんどか断続的に床面を造り直していたために床が堅い粘土で突き固められ、発掘調査で断面を実測すると、細かな砂でできた薄いレンズ状の堆積が観察される。 基壇の上に建てられた建物の下にある基壇の床面から南西隅にある排水槽につながっているものと思われる石積みの排水溝が部分的に確認されている。
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