条約を補足する協定
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/08/07 02:01 UTC 版)
麻薬の濫用が広がりつつあったアメリカは、ハーグ条約を十分な物と考えていなかった。そして、諮問委員会にアメリカは参加し、アメリカは麻薬の生産量を制限することを提議した。1923年5月の第5回諮問委員会において生産量の制限についての会議の開催が決定し、1924年から1925年にかけて会議が開かれた。会議は第一と第二に分けられた。第一会議は阿片吸煙が認められている諸国で行われることとなり、イギリス、インド、オランダ、シャム、日本、フランス、ポルトガルが参加した。第一会議では1925年に15条よりなる議定書(第一阿片会議条約)が作成され、調印、1926年9月25日に発効した。 第一条約では主に以下の点が規定された。 アヘンの輸入や販売を政府の独占事業とすること。 未成年者の煙膏の使用の禁止。 煙館(あへんの吸煙所)の数の制限。 輸出国政府発行の輸入証明書がない阿片を輸出、通過等を禁止すること。 ハーグ条約と第一条約の実施を審査する会議を開くこと。 アメリカは第一会議にアヘンなどの薬物の生産を制限することを求め、中国はこれに同調した。第一会議の参加国は主にアヘン貿易に関わっている国家であり、アメリカと第一会議の参加国、特にイギリスは対立し、会議は紛糾した。結果、アメリカと中国は会議から離脱した。 第二会議は、麻薬の製造や使用の制限などに関して協議され、第一会議の参加国を含む四十数カ国が参加した。途中で離脱したアメリカと中国の参加なしで、協議は行われ、議定書を作成した(第二阿片会議条約)。 第二条約では主に以下の点が規定された。 アヘン及びコカ葉の生産、輸出、販売等の取り締まりに法規を設けること。 麻薬の製造、販売、輸出入等に許可制度を設けること。 大麻の取引の取り締まり。 麻薬の輸出入等の報告の提出。 常設中央委員会(国際麻薬統制委員会の前身)の設置。 先のハーグ条約では、インド大麻草については統計的・科学的見地から研究されることが望ましいとされていたが、アフリカやアジアなど使用習慣のある国は消極的であったが、乱用が社会問題化していたエジプトの提案で大麻製剤(チンキ)の医療や学術上の目的のみの制限に加えて、国際的な取引に関する規制が行われることとなった。
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