定義と理論的アプローチ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/01/01 23:21 UTC 版)
「信頼できない語り手」の記事における「定義と理論的アプローチ」の解説
ウェイン・ブースは「信頼できない語り」に対して読者に焦点を置いた研究方法を公式化した初期の批評家であった。信頼できる語り手と信頼できない語り手を区別するのに、語り手の語りが社会の一般的な規範や価値観に準拠しているか、違反しているかどうかを根拠にしようとした。彼は、「語り手が作品内の規範(それはいわば、暗黙の著者(英語版)の持つ規範でもある)に対し、代弁していたり従っていたりするときは、語り手のことを信頼できると呼び、そうでない場合は信頼できないと呼んできた」と書いている。ピーター・J・ラビノウィッツ(Peter J. Rabinowitz)はブースによる定義を、個人的意見に必然的に左右される規範や倫理といった物語外部の事実によりかかりすぎると評している。ラビノウィッツは、信頼できない語り手に対する研究方法を次のように修正している。 信頼できない語り手というものがある(ブースを参照せよ)。信頼できない語り手は、しかしながら、単に「真実を言わない」語り手のことではない(フィクションの語り手が文字通りの真実を語ることなどあるだろうか?)。信頼できない語り手はうそを語ったり、情報を隠したり、物語の読者に関して判断を誤る人物であるというよりは、その述べることが、現実世界や著者の聞き手のもつ基準にとってではなく、語り手自身の物語の聞き手の基準にとって正しくないことを言う人物である。……言葉を替えると、すべてのフィクションの語り手は現実の模倣という点で誤っている。しかし本当のことを言う人の模倣である場合もあるし、うそをつく人の模倣である場合もある。」 ラビノウィッツの論の主な焦点はフィクションの中の言説の地位であり、事実性ではない。彼はあらゆる文学作品の受け手の役をする読者を4つに分類し、フィクション内の真実についての問題を論じている。 実際の読者(Actual audience, 本を読む、肉体を持つ現実世界の人々) 著者の読者(Authorial audience, 現実世界の著者が書くテクストの宛先である、架空の読者) 物語の読者(Narrative audience, 詳しい知識を所有する、模造された読者。物語内の「語り手」に対する、物語内の「聞き手」) 理想の物語の読者(Ideal narrative audience, 語り手の言うことを受け入れてくれる、批判的でない読者) ラビノウィッツは、「小説の本来の解読において、紹介される出来事は同時に「真実」であり「非真実」であると必ず扱われる。この二重性を理解する方法はたくさんあるが、それが生み出す四種類の読者を分析することを提案したい」と述べている。同様に、タマル・ヤコビ(Tamar Yacobi)は語り手が信頼できないかどうかを決める五つの基準のモデル(統合のメカニズム)を提案している。アンスガー・ニュニング(Ansgar Nünning)は、暗黙の著者の置いた仕掛けに依存したり、信頼できない語りについてのテキスト中心の分析をしたりする代わりに、語りの信頼できなさはフレーム理論(frame theory)の文脈や読者の認知戦略の文脈から新たに概念化できるという根拠を示している。信頼できない語りは、この観点からみれば読者がテキストに意味を持たせようという戦略、つまり語り手の叙述の不一致点を調和させようという戦略になる。ニュニングは個人の意見に左右される価値判断に依存して信頼性を判断することを効果的に排除している。
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