喚起 (evocation) について
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/12 01:10 UTC 版)
「原産地名称保護制度」の記事における「喚起 (evocation) について」の解説
欧州規則で地理的表示がどのようなことについて保護されているのかを規定している条項には“喚起 (evocation)”という言葉が使われている。例えば、原産地呼称保護 (PDO) と地理的表示保護 (PGI) についての欧州規則No1151/2012の13条には「13条 1. 登録された名称は、(b)・・・いかなる誤用、模造、喚起 (evocation)、から保護される」とされている。要するに登録された名称を消費者の頭の中に喚起するような表現を他で使ってはいけないという事なのだが、これがしばしば争いになる。欧州裁判所で争われた例では、例えば以下のような例がある。 カンボゾーラ (Cambozola) C-87/97 ゴルゴンゾーラ (Gorgonzola)を喚起するとしてオーストリアにおける商標登録の取り消しとカルボゾーラの名称の使用禁止を求めて訴えが提起された。欧州裁判所はカンボゾーラはゴルゴンゾーラを喚起するものと判断したが、商標登録がなされた当時の法律に基づき登録が適当であったのかどうかを考慮して、商標の使用の継続についてはオーストリアの裁判所が判断する必要があるとした。 パルメザン (Parmesan) C-132/05 C-132/05では直接“喚起”が争点になったわけではないが、当時の欧州共同体の欧州委員会が、粉チーズとしてのパルメザンという名前がパルミジャーノ・レッジャーノ (parmigiano reggiano) を喚起するものであるにもかかわらず、ドイツ政府はパルミジャーノ・レッジャーノの名の保護に熱心でないと訴えを提起したものである。欧州裁判所は根拠がないとして訴えを退けた。 また、裁判以外の例では商標登録が拒否された例を挙げることができる。ロンカリフォール (RONCARIFORT) がPDOのロックフォール (ROQUEFORT) を喚起し、カソーリヴァ (CAZORLIVA) がやはりPDOのシェラ・デ・カソーラ (SIERRA DE CAZORLA) を喚起するとして、当時の欧州共同体商標意匠庁 (OHIM: Office for Harmonization in the Internal Market (Trade Marks and Designs)) にそれぞれの商標の登録を拒否された。 次の例は、一見したところ商品の名称が直ちに保護された原産地呼称 (PDO) や地理的表示 (PGI) に似ているわけではないが、しかし、保護された地理的表示を喚起するとして欧州規則違反であると最終的に判断された例である。 ウィスキーのネット販売業者が“グレン・ブッヘンバッハ (Glen Buchenbach)”という名でドイツ製のウィスキーを販売した。この名称について、当該のウィスキーを“グレン・ブッヘンバッハ”の名で販売することを差し止めるよう、イギリスのスコッチウィスキー協会はハンブルクのラント裁判所に訴えを提起したのである。このウィスキーは、シュトゥットガルトから30キロほどのところにあるベルグレンの醸造所で製造されているものであり、この町はブッヘンバッハ川に沿って人が生活している。もちろん、このウィスキーがドイツのベルグレンで製造されたものであることは、ラベルにはっきりと明記してある。しかし、スコッチウィスキー協会によれば“グレン”という語はスコットランドにおいて“谷・渓谷”の意味で広く使われる語で、それはスコッチウィスキーの個々の製品の名前としての商標の一部をなしており、同協会は主張するところでは“グレン・ブッヘンバッハ”の名はスコットランドや保護された地理的表示であるスコッチウィスキーとの関連を喚起する (evoke) ものである。 この訴えは欧州規則No110/2008 16条に基づいており、そのためハンブルクのラント裁判所は欧州裁判所に意見を求めたのである。なお、欧州規則No110/2008は酒類に関する地理的表示についての規則で、この規則の16条は、食品一般の地理的表示に関する規則の欧州規則No1151/2012の13条とほぼ同じ表現で、地理的表示の保護される内容を規定している。 欧州裁判所は、保護された地理的表示やその一部を直接使用しているわけではないし、保護された地理的表示と一緒に使われる語であるということ自体が誤解を招く表示ということにはならないとして、この製品の名称が欧州規則No110/2008に沿っていないと直ちには認めなかった。ただし、“グレン”という語から平均的なヨーロッパの消費者がスコッチウィスキーのイメージを喚起 (evocation) するかどうかをハンブルクのラント裁判所は判断する必要があるとした。 これを受けて審理を続けたハンブルクのラント裁判所は、最終的に2019年2月7日に“グレン・ブッヘンバッハ”の名称は誤解を招く表示であると判断した。スコッチウィスキー協会は、ヨーロッパにおいては名前に“グレン”の語が冠されているウィスキーは必ずスコッチウィスキーであることを示したのに対し、“グレン・ブッヘンバッハ”側はスコッチウィスキー以外に“グレン”が使われているという十分な反証ができなかったのである。言ってみれば、“グレン”と言えばスコッチウィスキーということであり、つまりスコッチウィスキーのイメージを喚起し、間違いや誤解を引き起こすと判断された。実際の生産地(ドイツ・ベルグレン)が明記していある点については、欧州裁判所はこのことが消費者が誤解する可能性を弱めることはできないという意見を付け加えている。
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