各大会の記録とは? わかりやすく解説

各大会の記録

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/02 01:57 UTC 版)

トマス杯」の記事における「各大会の記録」の解説

決勝開催日開催都市(国)参加国優勝国結果準優勝3位1948 -49 1949年2月25日-26日 プレストン(イングランド) 10 マラヤ連邦 8-1 デンマーク アメリカ合衆国 1951 -52 1952年5月31日-6月1日 シンガポール英領シンガポール12 マラヤ連邦 7-2 アメリカ合衆国 インド 1954 -55 1955年6月4-5シンガポール 21 マラヤ連邦 8-1 デンマーク インド 1957 -58 1958年6月14-15日 シンガポール 19 インドネシア 6-3 マラヤ連邦 タイ 1960 -61 1961年6月10-11ジャカルタインドネシア19 インドネシア 6-3 タイ デンマーク 1963 -64 1964年5月21-22日 東京(日本26 インドネシア 5-4 デンマーク タイ 1966 -67 1967年6月9-10ジャカルタインドネシア23 マレーシア 6-3 インドネシア 日本 1969 -70 1970年6月5-6クアラルンプールマレーシア25 インドネシア 7-2 マレーシア カナダ デンマーク 1972 -73 1973年6月2-3日 ジャカルタインドネシア23 インドネシア 8-1 デンマーク カナダ タイ 1975 -76 1976年6月4-5バンコクタイ26 インドネシア 9-0 マレーシア デンマーク タイ 1978 -79 1979年6月1-2日 ジャカルタインドネシア21 インドネシア 9-0 デンマーク 日本 インド 1981 -82 1982年5月20-21ロンドンイングランド26 中国 5-4 インドネシア イングランド デンマーク 1984 クアラルンプールマレーシア34 インドネシア 3-2 中国 イングランド 1986 ジャカルタインドネシア38 中国 3-2 インドネシア マレーシア 1988 クアラルンプールマレーシア35 中国 4-1 マレーシア インドネシア 1990 東京日本53 中国 4–1 マレーシア デンマーク インドネシア 1992 1992年5月16日 クアラルンプールマレーシア54 マレーシア 3-2 インドネシア 韓国 中国 1994 1994年5月21日 ジャカルタインドネシア51 インドネシア 3-0 マレーシア 韓国 中国 1996 1996年5月26日 香港英領香港政庁56 インドネシア 5-0 デンマーク 韓国 中国 1998 1998年5月24日 香港中国香港特別行政区49 インドネシア 3-2 マレーシア 中国 デンマーク 2000 2000年5月21日 クアラルンプールマレーシア48 インドネシア 3–0 中国 韓国 デンマーク 2001 -02 2002年5月19日 広州中華人民共和国50 インドネシア 3-2 マレーシア 中国 デンマーク 2004 2004年5月16日 ジャカルタインドネシア12 中国 3-1 デンマーク インドネシア 韓国 2006詳細2006年5月7日 仙台東京日本12 中国 3-0 デンマーク インドネシア マレーシア 2008詳細2008年5月18日 ジャカルタインドネシア12 中国 3-1 韓国 インドネシア マレーシア 2010詳細2010年5月16日 クアラルンプールマレーシア12 中国 3-0 インドネシア 日本 マレーシア 2012詳細2012年5月27日 武漢中華人民共和国12 中国 3-0 韓国 日本 デンマーク 2014詳細2014年5月25日 ニューデリーインド16 日3-2 マレーシア インドネシア 中国 2016詳細2016年5月22日 崑山中華人民共和国16 デンマーク 3-2 インドネシア 韓国 マレーシア 2018詳細2018年5月27日 バンコクタイ王国16 中国 3-1 日インドネシア デンマーク 2020詳細2021年10月17日 オーフスデンマーク16 インドネシア 3–0 中国 日本 デンマーク 2022Details バンコクタイ王国16 インド 3–0 インドネシア 日本 デンマーク 2024Details 中華人民共和国 16 過去31回の大会で優勝は、インドネシア14回、中国10回、マレーシア5回(うちマラヤ連邦3回)である。1950年代後半からはインドネシア圧倒的に強かったが、1980年代に入るとIBF加盟した中国王座奪った1990年代にはインドネシア盛り返したが、2004年から中国が5連覇している。2014年大会では準決勝中国の6連覇阻んだ日本初優勝2012年開催武漢大会含めトマス杯会場大半アジアであり、それ以外開催欧州イングランド2回とデンマーク1回のみである。1967年大会自国劣勢に怒ったインドネシア人観客妨害と、その制止拒否したインドネシア当局のせいで大会続行不可能となる事態となった。これは、インドネシアではスカルノ大統領による反マレーシア政策進められていた上、1965年9月30日事件でそのスカルノ事実上失脚して大量虐殺発生するなど、極端な政情不安が続いていたという背景がある。

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