人物の夕霧
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/12/09 22:13 UTC 版)
光源氏の長男(実は異母兄冷泉帝がいるが、夕霧自身は知らない)。母は葵の上。頭中将の甥で、その子達(柏木、雲居の雁等)とは従兄弟にあたる。夢占いにおいて「中の劣り」と呼ばれて太政大臣になることを約束されている。源氏譲りの美貌に恵まれた貴公子である一方、漢学に優れた優秀な官吏であり、また実直で恋愛には不器用なことから、「好き者」の父に対し終始「まめ人」として語られている。五十四帖のうち「葵」から「蜻蛉」まで登場。 生まれてすぐに母を亡くし(「葵」)、祖母の大宮の邸で育てられる。大宮邸には内大臣(頭中将)の娘の雲居の雁もひきとられており、二人は筒井筒の恋を育んでいた(もっとも「少女」では既に「いかなる御仲らひにかありけむ」と二人の深い関係を暗示するような文もある)。しかし夕霧が12歳で元服したころ、源氏が彼を大学寮に入れ学問を習得させようと二条の東の院に夕霧を移し、なかなか大宮邸へ通えなくなる。さらに雲居の雁を東宮妃にしようと目論んでいた内大臣が夕霧との恋仲を知り激怒、雲居の雁を自邸へ引き取って二人を引き離した。傷心の夕霧を、源氏は花散里に託して彼の養母とした。 その後も雲居雁とは密かに文を交わし続けること六年、とうとう内大臣が折れて二人の結婚を認めた(「藤裏葉」)。 結婚後の夫婦仲は円満で子も多く、雲居の雁以外の夫人は妾の藤典侍(源氏の側近惟光の娘)の一人だけという一夫多妻制の当時では珍しい生真面目さだった。しかし親友柏木の没後、未亡人の落葉の宮に執心するようになり、怒った雲居の雁に別居されるという騒動を起こす(「夕霧」)。なかば強引に落葉の宮と結婚した後は、毎月夜毎十五日ずつ均等に雲居の雁と落葉の宮に通い、また落葉の宮を六条院の夏の町に移して藤典侍腹の六の君を養女とした(「匂宮」)。 弟薫の出生の秘密にも、柏木や源氏の様子などからうすうす勘付いてはいたが、それ以上追及することはなく終生兄として庇護し、一時は六の君の婿にとも考えた。 また、源氏は自分が過去に起こした過ちを繰り返させないために、息子の夕霧には容貌の劣る花散里以外の妻たちと親しく会わせたことはなかった。しかし一度だけ紫の上の顔を垣間見た際(「野分」)、その美貌は衝撃的に彼の心に焼きつき、彼女の面影を一生忘れられないものとして密かに思慕し続けた。夕霧の生真面目な性格から父源氏のような過ちは起こらなかったものの、紫の上臨終後に再び垣間見た際には、その死に顔すら類なく美しいと絶賛し(「御法」)、源氏亡き後まで彼女が存命であればと惜しんでいる(「匂宮」)。 宇治十帖にも登場。この時には右大臣(「竹河」では左大臣)に就いている。長女を東宮、次女を二宮の妃に入れ、さらに六の君を匂宮と結婚させた。
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