井上馨臨時首相代理と一銭一厘問答
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「在廷ノ臣僚及帝国議会ノ各員ニ告ク詔勅」の記事における「井上馨臨時首相代理と一銭一厘問答」の解説
12月3日から衆議院予算委員会(委員長:河野広中)での明治26年度予算の審議が開始されたが、委員会は予算案歳出総額8,376万円のうち、新艦建造費332万円全額を含めた885万円の削減を要求した。政府はこれを受けて対応を協議したが、議会(衆議院)との妥協を主張する後藤象二郎農商務大臣と強硬策を唱える山縣有朋司法大臣との間で意見が一致せず、ベテランとはいえ準備もないままに突如内閣の首班を代行することになった井上もその対応に苦慮していた。井上は静養中の伊藤に手紙を送って協議した結果、吏党も民党もともに倒閣を画策していると判断して山縣の意見を採る事とした。 明けて1893年(明治26年)1月16日、井上臨時首相代理は先年の衆議院決議に基づいて義務的経費に相当する345万円の削減(ほとんどが新艦建造費)は認められないと答弁した。これに民党・吏党ともに反発したが、直後に開かれた予算委員会において尾崎行雄が「一銭一厘たりとも政府提出の原案と違っては行政機関の運転を円滑にし法律上の責務を尽すことが出来ぬと言うのでありますか?」と質問した際に渡辺国武大蔵大臣が直ちに「その通りであります」と答弁し(「一銭一厘問答」)、更に同日に政府に対して再考を求める河野委員長発議の動議を翌17日に井上が拒絶を表明した事から、議会は総理大臣がいない政府を弱体と見てさらに攻勢をかけ、政府の反省を求めて22日までの休会を宣言した。これによって政府と議会は全面対決した状態で双方が睨み合いを続ける事となった。 その頃、伊藤の側近で元法制局長官の井上毅は伊藤博文・井上馨に対してこの状況を打開するために天皇から詔勅を下して、憲法第66条によって不可侵とされていた「帝室費」の下賜と政府の行政整理の約束を引換に新艦建造を議会に認めさせる方策を提案していた。井上毅は衆議院が予算審議を巡って近いうちに天皇への上奏を行うのは確実であること、天皇がそれに対して勅答に相当する詔勅を下す必要があるが、天皇が勅答を拒絶したり、政府に一方的に有利な勅答を下せば天皇に非難が飛び火する可能性がありその尊厳が傷つけられること、そもそも67条の義務的経費規定を新規事業である新艦建造に適用することは64条規定に違反する可能性があること、それを防ぐには民党に対して何らかの譲歩を見せなければならないことを説き、天皇に「政治的中立な仲裁者」を演じさせる事によって政府と議会(衆議院)の両者の妥協を図ろうとしたのである。実は井上毅は前年の5月の第2次松方内閣の選挙干渉を巡る問題において政府と議会が緊張した際にも同様の提案をしたものの、吏党側が過半数を占めていた事や「天皇の政治利用」に反対する意見が出て採用されなかった経緯があった。だが、伊藤らは衆議院の圧倒的多数が政府に反対している中で天皇や政府の立場を弱くしない形で予算案を通過させるには、詔勅による仲裁に期待するほかないと判断したのである。
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