久遠寺産科医院・久遠寺家
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「姑獲鳥の夏」の記事における「久遠寺産科医院・久遠寺家」の解説
豊島の雑司ヶ谷で開業している老舗医院。ご一新の際に四国から東京へ移ってきた一族で、女系家族であり、代々入婿を迎えている。享保3年より讃岐の大名家お抱えの医師を勤めていた由緒ある家系である一方、陰陽道の太夫の一族で、「六部殺し」や「オショボ憑き」の噂も付き纏っていた。昭和初期までは内科や外科、小児科もあって繁盛していたのだが、日中戦争の辺りから景気が悪くなり、さらにアメリカ軍の空襲で3棟あった施設のうち2棟を焼失して、現在では元々の産婦人科のみの診療をしている。 久遠寺 涼子(くおんじ りょうこ) 久遠寺家の長女。梗子とは年子の姉妹。肌は青白いが京雛のような美しい顔立ちで、とても28歳には見えない、10代と言っても通る少女のようなあどけなさを残している。生まれつき病弱で、喘息に加えて心臓、肌、自律神経に疾患を抱える虚弱体質であり、子供は産めないと言われている。 牧朗の失踪の真相解明を薔薇十字探偵社に依頼した。榎木津によれば、過去に関口と出会っているというが、お互いにその記憶を思い出せていない。 久遠寺 梗子(くおんじ きょうこ) 久遠寺家の次女で、牧朗の妻。牧朗の失踪後、20ヶ月以上妊娠状態が続いている。両親に反発して治療を受けようとしないため、衰弱が進んでいる。 久遠寺 嘉親(くおんじ よしちか) 涼子・梗子の父親で、院長。元は外科医。ドイツで医学を学んだ経験がある。まじないや霊魂を信じておらず、物理的にあり得ないことは起こらないと断言する。牧朗の求婚を断ってきたが、ドイツに留学した牧朗と梗子の結婚を認める。 久遠寺 菊乃(くおんじ きくの) 涼子・梗子の母親で、事務長。武家の妻女を思わせる夫人。牧朗がどこかに潜んで久遠寺家を呪っていると思い込む。 久遠寺 牧朗(くおんじ まきお) 梗子の夫で、婿養子。旧姓は藤野(ふじの)。関口や中禅寺の学生時代の先輩で、当時からのあだ名は藤牧(ふじまき)。 学生時代に縁日で来ていた久遠寺梗子に一目惚れし、関口を通して彼女に恋文を渡した。その後、梗子の両親に彼女との結婚を求めていたが、断られてしまった。ドイツに留学して医師の免状を習得し、山梨の素封家の実家から相続した山を売って得た500万円を持参金として梗子と結婚したが、1年半程前の昭和26年1月9日に夫婦の住まいから忽然と姿を消してしまった。
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