一発屋へ
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/05 20:50 UTC 版)
ブレイク時は予定表が埋まる程の活況だったが、2008年頃から出演番組が減り、収入も激減、一発屋芸人とも呼ばれるようになる。イメージチェンジを図るためチャームポイントである髭を剃った。テレビ局から用意された付け髭をしていたこともある。ダンディ坂野と間違われたこともある。 仕事が無い時は公園で1日を過ごすことが多く、毎日仕事に行くフリをしてハトにエサをやって時間を潰し、1か月全く仕事が無かったこともあり、2009年当時、週4 - 5日はオフで、着うたダウンロードの収入で得た貯金を切り崩して生活していた。 『エンタの神様』の番組公式サイトに掲載されたネタ後トークでは2008年に発売したDVDが数百枚しか売れなかったことを告白した。 ある月、マネージャーからスケジュール表が送られて来なかった。怒ったムーディはマネージャーに「今月の予定立てられへんから、今すぐFAXで送れ!」と電話、FAX用紙をセットして数秒後にFAXが起動してデータを受信すると、白いFAX用紙が真っ白なまま出てきた。 ケンドーコバヤシの「右肩下がり軍団」の筆頭若頭であり、メンバーには若井おさむ、ネゴシックスがいる(RGも候補だったがメンバーから外れていた)。 現在のライバルは同じ一発屋のポジションの奪い合いでレイザーラモンHGや藤崎マーケットである。 2013年現在は、地方の番組でレギュラーを得ている。レイザーラモンHG、三瓶、楽しんご、天津木村と5人で結成した「再生可能ボーイズ」としての活動もある。 2009年6月、アメリカ映画『レスラー』のイベントにおいて仕事が月に4日のときがあると語った。 2010年に『100日劇場』の企画で猿回しに挑戦し、同年3月14日放送の『笑点』に「ムーディ勝山&生太郎」として出演した。 最近[いつ?]ではマネージャーが自身も含めて100組の芸人をまとめて担当するようになった。ある日、家で寝ていたら突然マネージャーから電話があり、「ムーディさん、すいません。今、ムーディさんが出演する予定のラジオの生放送が流れてます!」と言われたことがある。 100組満員の単独ライブのチケットが1週間で3枚しか売れなかったことがある。手売りしようと自身でチケットをコンビニエンスストアで2枚購入すると、通し番号が「4、5」だった。その3日後に再び2枚購入すると今度は「6、7」だった。さらに2日後に購入すると、2番目に買った人がキャンセルしたため「2」が出てきた。 「アメトーーク」の「小忙しい芸人」では日本各地あちこちの舞台に行かされる事を愚痴る出演者に対して一言物申す「無忙しい芸人」として出演、そこで唯一のレギュラー番組だった「ムーディ勝山の好きです!かつしか」(葛飾FMで放送されていた5分番組)が2012年4月を以て終了したことを明かした。 家が近所で先輩でもある麒麟の川島明からは、週に3、4回のペースで食事に誘われるが、(ヒマなことが多いため)1度も断ったことがないと言う。銭湯にもよく一緒に通い、「恋人のようにいつも一緒にいる」とも言われている。 2017年6月14日にはツイッターで、ショッピングモールらしき場所でどさ回りを行っている写真を公開。観客の姿は見えないが、真横では警備員が両手を広げてネタを披露している勝山をガードしている、という悲哀の漂う光景を撮した1枚となっている。 山田ルイ53世によれば上記の一発屋ならではのエピソードトークは「ムーディが元祖」であるという。 宮城に拠点を移してからはローカル番組にレギュラーを多数持つ売れっ子になっている。 2017年4月6日、埼玉県警察大宮警察署の一日署長に就任。 2019年6月24日、反社会的勢力との会合に他の芸人と同席していたことが発覚。本人は闇営業との認識はなかったものの、当面の間活動停止処分となった。 2019年8月9日、謹慎処分が8月19日をもって解除されることが報告された。
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