ワーグナーの台本
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/10 18:54 UTC 版)
「トリスタンとイゾルデ (楽劇)」の記事における「ワーグナーの台本」の解説
約20,000行にわたる長大なシュトラスブルクの叙事詩には「トリスタンの竜退治」や「白い手のイゾルデ」など多くのエピソードが含まれているが、ワーグナーはこれらを刈り込んで独自の台本とした。この結果、『トリスタンとイゾルデ』は、ワーグナーの他の作品と比べて時代色や地方色が著しく希薄なものとなっている。 ワーグナーの台本に特徴的なもののひとつに「媚薬」がある。伝説では脇役的な意味でしかなかった媚薬を、ワーグナーは本作で二人が「死の薬」と信じてあおる設定とした。このために愛は死の中にのみ実現可能という、「愛=死」の強いメッセージを込めることに成功している。これについて、トーマス・マンは「このとき二人は水を飲んでもよかったのだ」と述べている。また、ヴィーラント・ワーグナーは、本作の媚薬は「以前から存在していた愛情を舞台上に視覚化する契機」であり、媚薬が情熱の告白の一歩前にいた二人を告白に踏み切らせたとする。 トリスタン伝説では、イゾルデは二人登場する。本作で主人公格の「金髪のイゾルデ」に対して、もう一人は「白い手のイゾルデ」と呼ばれる人物である。伝説では、トリスタンの傷を癒すために「金髪のイゾルデ」が呼び寄せられたとき、彼女が乗船している船には白い帆を張り、そうでない場合は黒い帆を張るという約束があった。しかし、嫉妬に狂った「白い手のイゾルデ」が、白い帆を黒い帆だと伝えたために、気落ちしたトリスタンはあえない最期を遂げる、というもので、この「白い帆・黒い帆」のモチーフは、ギリシア神話の英雄テーセウスにまつわる伝承が取り込まれたと見られる。 ワーグナーの当初の構想でも、「白い手のイゾルデ」が登場し、白い帆・黒い帆の趣向が含まれていたが、結果的にこれらは取り入れられなかった。ただし、第3幕での「喜びの旗」は白い帆の翻案であり、牧人の吹く「嘆きの調べ」と「陽気な調べ」は、黒い帆と白い帆を音楽で表現したものにほかならない。このように、台本化に当たって、演劇と音楽双方においてワーグナーの創意工夫が認められる。 さらに第3幕前半では、古代ギリシアのホメーロス(紀元前8世紀後半頃?)に由来する伝統的手法であるTeichoskopiaを採用している。これはギリシア語で、Teichos(壁)とskopein(見る)を組み合わせたもので、大規模な戦闘などの場面を、見晴らしの利く城壁などに立つ人物が報告するという手法である。ロマン主義の極致と見られがちなこの作品が、実はこのように古典主義的枠組みに収まっていることも注目される。
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