ロマニ人
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2018/11/03 07:58 UTC 版)
「フィンランドの人口統計」の記事における「ロマニ人」の解説
詳細は「フィンランド・カレ人(英語版)」を参照 ロマニ人、またはカレ(Kale)、ロマは16世紀後半以降フィンランドに存在している。ロマニ人はその特別な服装、慣習、および特化した商売により悪目立ちしてしまい、フィンランドでの居住は快適なものではなかった。一般住民からも政府官僚からも常に嫌がらせされ、ロマニ人に対する最後の特別法が撤廃されたのは1883年の事であった。1980年代後半になってもフィンランドのロマニ人5千から6千は未だに独立したグループのままであり、ほかの住民とは自らの選択およびほかの住民の怖れと偏見によりほとんど隔離されていた。 フィンランドのロマはほかのロマと同じく、社会において優勢なグループとは分けて住んだ。ロマにとって、義理を尽くすべきのは家族とジプシー全体である。ロマと非ロマの結婚は珍しく、ロマの言語は1980年代にはそれを母語とする者が少ないにもかかわらず、「部外者」を追い出すのに使われた。ロマの社会における立ち位置は主に年齢と性別によって決定され、年配者の男性が権威を有する。ロマには高度に発展した価値体系と行動綱領があり、宿恨などによりロマの制裁(暴力的かそうでないかにかかわらず)が行われると、それはフィンランド人の社会における法的と社会的制裁よりも意味が重いものである。 ラップランドに集中しているサーミ人と違い、ロマニ人はフィンランド全体に点在している。多くのサーミ人は日常では普通の服を着るが、ロマニ人は服装で識別できることが多い。ロマニ人の男性は一般的には長靴を着て、女性はベルベットの長いスカートを着る。しかし、ロマニ人はサーミ人と同じく遊牧生活を捨てて定住している。ロマニ人男性は数世紀もの間馬の売買を商売としていたが、戦後のフィンランドに適応して馬のブリーダー業や自動車ディーラー、金属回収業者などを務めた。一方、ロマニ人女性は占いや手芸品など伝統的な稼業を続けた。 1960年代以降、フィンランド当局はロマニ人の生活水準を改善しようとし、その住処を大きく改善させた。ロマニ人の成人のうち約2割が読み書きできないという低い教育水準も職業教育などで改善された。1968年、ジプシーに関する諮問委員会が設立され、1970年にはフィンランドの刑法(英語版)が改正されて人種差別が違法とされた。この改正により、ロマニ人をレストランや商店からの締め出し、店主や警察による過剰な見張りなど露骨な差別が禁止された。
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