ドイツ国営鉄道
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2025/04/03 06:27 UTC 版)
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略称 | DR / DRG |
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設立 | 1920年4月1日 |
解散 | |
種類 | 公共企業体 |
法的地位 | ドイツ帝国鉄道に関する国家条約に因る |
目的 | 鉄道輸送 |
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ドイツ国営鉄道(ドイツこくえいてつどう、ドイツ語: Deutsche Reichsbahn, ドイチェ・ライヒスバーン、略称DR)は、1919年に成立し、第二次世界大戦終戦までのドイツ国における国営鉄道である。この項ではドイツ帝国鉄道の名称を使用する。
第二次世界大戦後の1949年に、ドイツがドイツ連邦共和国(西ドイツ)とドイツ民主共和国(東ドイツ)に分裂したことによって、西ドイツでドイツ連邦鉄道(DB)、東ドイツでドイツ国営鉄道(旧称を保持)に分割して継承されるまで存在した。
沿革
1871年、普仏戦争によって手に入れたアルザス圏の鉄道をドイツ帝国が直轄の鉄道としたことをドイツ帝国鉄道の始まりとする。しかし、この路線は第一次世界大戦後、再びフランスに帰属することになる。
ビスマルクも各地域に分散する鉄道路線を帝国鉄道としての統括を試みたが実現せず、正式に帝国鉄道法が発効されたのは帝政崩壊後の1919年4月1日のことで、これを受けて、プロイセン・バイエルン・ザクセン等の各地域にあった鉄道がドイツ帝国鉄道として成立する。
ドーズ案を受けての国有企業化
第一次世界大戦の講和条約であるヴェルサイユ条約で規定されたドイツの賠償方式を緩和するため、1924年のドーズ案により鉄道、ドイツ帝国銀行を連合国の管理下に置くことが提案された。このことを受け、新たに1924年8月30日にドイツ帝国鉄道法が制定されて社債の発行を可能にし、ドイツ鉄道は賠償金の代位弁済の役割を担うことになる。
順調に復興の兆しが見えてきた中で国有鉄道はその規模を拡大し、1935年には路線距離の総計を68,728 kmまで拡大した。また、1930年代には05形蒸気機関車やフリーゲンダー・ハンブルガー等、技術的水準が非常に高い車輌の建造にも成功した。
第二次世界大戦へ
1931年のローザンヌ会議でこの鉄道会社は賠償金の支払義務を免除され、1937年2月には新たに制定された法の下で再び国有のドイツ帝国鉄道となる。そして、ナチス・ドイツの近隣国への侵攻に併せて占領地の鉄道路線と事業体を吸収し、更にその規模を拡大した。また、ナチスの反ユダヤ主義に従い、ユダヤ人を強制収容所へ運ぶ役割を担い始めた。
戦後

終戦後、連合軍軍政下の英仏米占領地域は1947年に“連合経済地域における帝国鉄道”として統括され、1949年の9月7日、西ドイツの樹立に向けてドイツ連邦鉄道として発足する。
ソ連側の占領地域ではかつての名称を継承し、東ドイツの建国後も東西ドイツ統一後の1993年まで「Deutsche Reichsbahn」の名を広域鉄道事業体に冠した。
関連項目
参考文献
- ゲラ・モンド社刊 BAHN EXTRA 2007年第04号: 特集:帝国鉄道の時代 (ドイツ語)
ドイツ国営鉄道
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「ドイツ国鉄52形蒸気機関車」の記事における「ドイツ国営鉄道」の解説
52形4867号機ドイツ国営鉄道(東ドイツ国鉄)へ継承された1両。ヴィッテ式デフレクターを追加され、煙室前部とフロントデッキを結ぶステイが追加された以外はおおむねオリジナルに近い形状を保つ。 52.80形79号機ドイツ国営鉄道(東ドイツ国鉄)へ継承され、1960年代に大規模近代化改修工事を施工されて52.80形と区分された200両の内の1両。50形などの一般機に準じた装備・機能に整備されている。 52形は戦後、承継した各国で順次他形式並の通常仕様への装備改修が実施された。中でも、1,150両と大量の本形式を承継したドイツ国営鉄道(東ドイツ国鉄:DR)が、まず69両を対象に煙室200㎜延長、溶接構造火室への変更、混合給水温め器及び給水ポンプの取り付けを実施する近代化改修プログラムを実施した後、200両を対象として1960年代に大規模近代化改修工事を実施し52.80形としたのが特筆される。 この工事では50.35形と共通設計の溶接構造かつ燃焼室付きとした新型ボイラーへの換装、混合式給水加熱器および給水ポンプの搭載とインジェクター1基の削減、1個に削減されていた砂箱の補充搭載、クラウス-ヘルムホルツ式先台車の更新、省略されていた軸受部ウェッジ(楔)の追加、それにピストン弁の交換やシリンダー排水栓の安全弁への換装など、先行した近代化改修プログラムの実施範囲をより拡大する形で50形から52形への再々設計の過程で性能低下し使い勝手が悪化していた部分に重点を置いて1980年代まで段階的に改修され、完成した52.80形はおおむね50形に準じた性能・機能とされた。 なお、東ドイツ国鉄では1960年代に後述するソ連国鉄ТЭ形の一部を購入し52形に編入している。
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