コンピュータ・チェスの考案
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/14 08:19 UTC 版)
「チェス」の記事における「コンピュータ・チェスの考案」の解説
機械にチェスを指させることは、コンピュータが発明される以前から人々の目標となっていた。 1769年にハンガリーのヴォルフガング・フォン・ケンペレンはトルコ人という名の人形を製作した。この人形は、熟練者級のチェスの腕を持ち、ナイト・ツアーをこなすこともできた。しかし、実際にはトルコ人は中に人間が入って操作するイリュージョンであった。チェスを指す人形を題材にしたイリュージョンは、他にもアジーブ(英語版)やメフィスト(英語版)など様々なものがあった。 1840年代に数学者のチャールズ・バベッジは、機械にゲームをプレイさせるためのアルゴリズムを考案した。しかし、チェスのような複雑なゲームをプレイさせることは現実的ではないとして、チェスのアルゴリズムの考案を断念した。 1912年、スペインの技術者レオナルド・トーレス・ケベードが、世界で初めて自動でチェスをプレイする機械「エル・アヘドレシスタ」の開発に成功した。エル・アヘドレシスタは、3種類の駒のみで構成されたエンドゲームをプレイすることができた。一方、初期配置からチェックメイトまでを通してプレイするためにはコンピュータ科学の発展を俟たなければならなかった。 1936年に数学者のアラン・チューリングが抽象的なコンピュータの概念であるチューリングマシンを考案すると、これを機に様々なアルゴリズムが整備されるようになり、1945年にドイツのコンラート・ツーゼがチェスプログラムのアルゴリズムについて世界で初めて言及した。1949年、ベル研究所のクロード・シャノンが評価関数や探索木などの概念を確立し、チェスのアルゴリズムの大枠を完成させた。1951年にはチューリングがチェスのアルゴリズムに基づき、初期配置からチェックメイトまでのプレイができることを示した。もっとも、これらのチェスアルゴリズムは、電子的に実装されたものではなく、アルゴリズムの手順に従って紙と鉛筆を使って手計算を繰り返すことで、チェスのプレイが可能であることを示したものである。 1945年に数学者のジョン・フォン・ノイマンがノイマン型コンピュータを考案し、チューリングマシンを具体化する方法を提示すると、電子回路によってコンピュータを実装することが可能になり、1950年代前半にかけて、コンピュータが次々と製作された。コンピュータが制作されたことでツーゼ、シャノン、チューリングらが考案したチェスアルゴリズムを電子的に動作させることができるようになり、1956年、ロスアラモス研究所がコンピュータ上で6×6のミニチュアボードでチェスをプレイするプログラムを実装した。これにより、コンピュータ・チェスが確立した。
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