アラン・ドロンとの出会い フランスへとは? わかりやすく解説

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アラン・ドロンとの出会い フランスへ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/09/05 05:27 UTC 版)

ロミー・シュナイダー」の記事における「アラン・ドロンとの出会い フランスへ」の解説

1958年、母マグダ出世作恋愛三昧』のリメイク恋ひとすじに』(仏・伊合作)で無名アラン・ドロン共演ロミーフランス語話せずドロンドイツ語が分からなかったうえ、ロミードロン悪趣味気障な男だと感じドロンロミー胸くそ悪いやつだと思い初対面2人お互い第一印象極めて悪かった。しかしパリウィーン行われた撮影の間に2人映画の中での恋は本物となる。ドロンロミー無垢純粋さに、ロミードロン無鉄砲さ反逆精神惹かれた。お互い中に自分にないもの見出したのである。 「シシーイメージ以外の企画がないドイツ映画界への幻滅と、何かと干渉しようとする母・継父への成長したロミー反抗重なり、翌1959年ロミーパリドロンのもとへ出奔同棲する体裁を気にしたロミーの母・継父との妥協策として59年3月ロミードロンはスイス・ルガーノで婚約マスコミに向け発表するが、ドイツ家族捨て清純乙女お姫さま女優というファンイメージ裏切ったロミーは、これ以後ドイツマスコミには裏切り者扱いされ、その確執は彼女の死まで解けることはなかった。 ドロンルネ・クレマン監督太陽がいっぱい』(1960年)で一躍脚光を浴びスター街道駆け上っていくが、ドイツでの人気落ちたロミー逆に仕事減ってゆく。 1960年秋、『若者のすべて』(1960年)に主演したドロンルキノ・ヴィスコンティ監督ロミー引き合わせたことが転機となる。ヴィスコンティ自身演出する舞台あわれ彼女は娼婦』(ジョン・フォード作)への出演ロミー依頼。まだ初歩フランス語しか話せないロミーが、パリ大劇場で、しかも初舞台を踏むというのは無謀とも言えたが、ロミー昼夜徹してフランス語猛特訓を受け、厳しヴィスコンティ演出に耐えた。そして1961年3月からのテアトル・ド・パリでの舞台でロミードロン愛し合う兄妹演じる。舞台そのもの賛否両論であったが、ロミー演技高く評価されロミー初め女優として充足感を得る。 続いて同じヴィスコンティ監督によるイタリア映画ボッカチオ'70』(第3話仕事中)に主演。夫と寝るごとに金を要求する妻、というセクシーな役で、ヌードシーン話題となる。続くフランツ・カフカ原作審判』(1962年)では監督務めたオーソン・ウェルズ共演ウェルズ演じ弁護士看護婦秘書兼愛のような女、というこちらもドイツ時代とは対照的な官能的な役を演じる。 『ボッカチオ'70』がアメリカで好評で、コロンビア ピクチャーズ社と契約カール・フォアマン監督『勝利者』1963年)でハリウッド進出オットー・プレミンジャー監督枢機卿』(1963年)ではゴールデングローブ賞 主演女優賞 (ドラマ部門)ノミネートされ実父のヴォルフ・アルバッハ・レッティとも共演をはたしている。 しかし、婚約者ドロンとは忙しくなるにつれすれ違い重なりロミーが『ちょっとご主人貸して』(1963年)をハリウッド撮影中に破局ドロン1964年8月ナタリー・ドロン結婚する。続く『何かいいことないか子猫チャン』(1964年)も成功したとはいえず、ロミーヨーロッパ戻った

※この「アラン・ドロンとの出会い フランスへ」の解説は、「ロミー・シュナイダー」の解説の一部です。
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