民間軍事会社 歴史

民間軍事会社

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/09/10 08:30 UTC 版)

歴史

登場以前

近代に入り民間企業が巨大化すると、鉱山で起きたストライキの鎮圧など警備員では対処できない事態を素早く解消するため、それまで手配師などに頼っていた傭兵の募集に代わり、会社の一部門として武装組織(会社軍)を編成するようになった。これらは退役した士官などの経験者を指揮官として迎え、グルカ兵やヨーロッパ人などの傭兵を兵としていた。構成は歩兵、騎兵、砲兵からなるヨーロッパの伝統的な陸軍を簡略化した組織であったが、資金力を背景に武装に関しては最新の兵器を揃えており、最新の軍事教育を受けたヨーロッパの将校を指導教官として雇用することもあった。

ジョン・ロックフェラー鉱山や工場で発生したストライキを鎮圧するため積極的に会社軍を派遣していたが、コロラド燃料製鉄会社のストライキを鎮圧するため30人以上を射殺したことでヘレン・ケラーが新聞で非難記事を連載したことや、社長となっていたロックフェラー2世が対話路線に転向したことでアメリカ国内では交渉で解決し、武力が必要な場合は州兵に任せるべきという風潮となった。また私企業が武力を保有することは次第に問題視されるようになり、欧米では国内での行動に制約が課されるようになった。

国外において、西洋列強東インド会社のような植民地を統治する勅許会社の会社軍に対し、反乱の鎮圧のみならず周辺にある国を植民地にするための戦争(第二次シク戦争など)を許可していた。自国の軍隊のアウトソーシングであり、これにより遠方に軍隊を派遣する必要がなくなり、低コストで植民地を防衛することが可能となった。特にインドではヴァンディヴァッシュの戦いプラッシーの戦いのように会社軍同士の戦闘が度々発生した。植民地の会社軍はスィパーヒーなど地元の傭兵が中心で兵の質はまちまちだったが、イギリスはこれらの戦いで活躍したグルカ兵に注目し、イギリス東インド会社軍で積極的に雇用するようになった。

ロシア帝国の勅許会社である露米会社ニコライ・レザノフの部下で軍人のニコライ・フヴォストフロシア語版が会社の武装勢力を指揮し、日本を襲撃している(文化露寇)。

これらの会社軍は指揮官は社員、傭兵はパートタイムで雇用して指揮下に置いているが、第三者へ兵力を提供することはなく、それまで領主が抱える私兵のような自力救済の延長か、政府が植民地を間接的に統制するための組織であった。

民間軍事会社の登場

第二次世界大戦後には各国で法が整備され会社軍のような存在は規制がかかり、治安が不安定な地域での操業する鉱山や油田の警備に支障を来すようになった。

そこで警備会社という名目で設立し、かつて会社軍が担当していた軍事サービスを他の企業に提供する会社が登場した。代表的な会社としてはダインコープSAS創始者のデビッド・スターリングが経営するウォッチガード・セキュリティがあり、これには自国企業を保護したいイギリス政府も出資していた。民間企業でも自社で直接雇用するのに比べ、必要なときに必要な数の人員を確保できるためメリットは大きかった。

コンゴ動乱ローデシア紛争などでは傭兵が戦闘や護衛にも関わっていたが、1991年ソビエト連邦の崩壊に伴う冷戦の終結により、アメリカ合衆国を中心とした各国は肥大化した軍事費と兵員の削減を開始し、数多くの退役軍人を生み出した。冷戦終結以降の世界では超大国同士がぶつかりあう大規模な戦闘の可能性は大幅に少なくなったものの、テロリズムや小国における内戦民族紛争など小規模な戦闘や特定の敵国が断定できない非対称戦争が頻発化、不安定な地域で行動する民間人を護衛する需要も増加した。

優秀な軍歴保持者は有り余り、軍事予算の大幅な削減に伴い軍隊のコスト面での効率化が求められ、そして小規模の紛争が頻発する。この3つの要素が民間軍事会社を生み出す土壌を与える事となった。まさに戦争のアウトソーシングである。

こうして、民間軍事会社の元祖とも言える「エグゼクティブ・アウトカムズ」が誕生し、既存の軍関連会社も次々と民間軍事会社化していった。

1990年代

シエラレオネ軍とグルカセキュリティー社

1989年南アフリカ共和国で誕生したエグゼクティブ・アウトカムズ(Executive Outcomes,略称EO)社は、フレデリック・ウィレム・デクラークネルソン・マンデラ政権下で行われたアパルトヘイト政策の廃止や軍縮によって職を失った兵士を雇用することで、優秀な社員を多数有する会社となった。

特に第32大隊などの精鋭部隊に所属していた黒人兵士を多く雇用していたが、彼らはアンゴラ内戦で家族や財産を失い、逃げ延びた先の南アフリカでは白人達に周辺国への軍事介入や同じ黒人の弾圧に動員され、アパルトヘイト廃止後行き場を失った者達だった(EO社の解体後はポムフレットなど辺境の町で貧しく暮らしている)。

EO社はアンゴラ内戦中の1993年アンゴラ政府と契約を結び、正規軍の訓練と直接戦闘を実行。結果アンゴラ全面独立民族同盟(UNITA)に壊滅的被害を与えることに成功し、20年続いた内戦をわずか1年で終結させた。その後、国際社会の圧力でアンゴラ政府はEO社との契約を打ち切り、国連が平和維持を行うことになったが平和維持部隊は任務に失敗し、アンゴラは内戦に逆戻りした。

また、シエラレオネ内戦では、残虐な行動と少年兵を利用することで知られた反政府勢力革命統一戦線(RUF)の攻勢で、先に展開したグルカ・セキュリティー・サービス社は司令官であったロバート・C・マッケンジーが殺害されるなど大きな被害を出し撤退、首都フリータウンも陥落寸前の状態であったが、EO社はわずか300人の部隊でRUFに壊滅的被害を与え、RUFが占拠していたダイヤモンド鉱山を奪還することで和平交渉の席に着かせることに成功した。しかし、こちらもアンゴラと同様に内戦に逆戻りした。

EO社は次第に肥大化し、戦闘機攻撃機攻撃ヘリコプターなどの航空兵器や、戦車歩兵戦闘車のような強力な陸上兵器、負傷者輸送用のボーイング707なども運用するようになったが、危機感を抱いた南アフリカ政府によって1998年に解体された。しかし、内戦の戦局をも変えてしまう民間軍事会社の登場は世界に衝撃を与えた。

パプアニューギニアでは、ブーゲンビル紛争英語版において、政府が同国のパプアニューギニア国防軍英語版よりも民間軍事会社のサンドライン・インターナショナルを重用したため、国軍によるクーデターが発生している。

2000年代

グルカ兵のコントラクター(アフガニスタン、ナンガハル州)

1990年代に登場した民間軍事会社は、その後急速に業務を拡大していき、2001年アメリカ同時多発テロ事件以降からはイラクアフガニスタンでの活動が注目を集めるようになった。しかし、急速な組織拡大から法規の作成が追いつかず、管理する法律も組織も無い無法状態が続いたため、殺人や虐待など数々の不祥事を起こしてきた。

2001年にはアメリカで民間軍事会社の管理組織であるInternational Peace Operations Associationが発足、2006年にはイギリスでアメリカとは異なる民間軍事会社管理組織であるBritish Association Of Private Security Companiesが発足した。イギリスの場合はアメリカよりも非常に厳格で、民間軍事会社にISOやBSの取得を義務付けておりプレゼンテーションにおいてもイギリスの民間軍事会社はアメリカのそれとは違うことを強調している。

イラクにおける管理組織は連合国暫定当局が行ってきたが解体にともない2004年8月に連合国暫定当局から分離したNPO法人としてPrivate Security Company Association of Iraqが発足した。イラクでは連合国暫定当局が最後に発行したCPA Order17という規定に基づいて行動していたが、この規定は大変に問題のあるもので、民間軍事会社はイラクの法律に従う必要が無く、あらゆる免責特権を認め、税金も免除するなど民間軍事会社を完全に治外法権化する物であった。

2007年9月にはブラックウォーターUSAのコントラクターがイラクで輸送部隊の護衛中に市中で無差別発砲を行いイラク人を17人射殺するという事件が起きると、イラク政府も厳しい措置を取らざるを得なくなり、2009年1月1日でCPA Order17の無効を宣言し、民間軍事会社から免責特権を剥奪した。これ以降、民間軍事会社はイラクの国内法に従う義務が生じPrivate Security Company Association OF Iraqは2009年現在は実質的に活動していない。

このような無法状態を改善しようとする動きもあり、2008年9月17日にスイスモントルーで17ヶ国によって採択されたモントルー文書で初めて国際的な規制が出来た。指針であり条約ではないため、国際法としての拘束力は無いが、新たな条約締結へ向けた活動が行われている。

2010年代

イラク戦争後、民間軍事会社は各地の小規模紛争に派遣されるようになった。リビア内戦においては、イスラエルのグローバルCSTが主にアフリカ系からなる警備要員や東欧・中東系の戦闘機パイロットなど多数の要員を派遣して非武装市民への殺傷を含む過剰な業務を行い、シリア内戦では、アメリカの民間軍事会社が自由シリア軍など反アサド派を訓練するためにトルコで活動していた。一方、シリア政権側もロシア系の民間軍事会社の先駆けで香港を拠点とするスラヴ軍団から同様の支援を受けていた[6]。アフリカではブラックウォーター社の設立者だったエリック・プリンスらが中国政府系の香港企業フロンティア・サービス・グループで中国の国家戦略である一帯一路を警備面から支援していた[7][8]

また2014年以降の騒乱下にあるウクライナにおいても西欧の民間軍事会社[注 1]の要員らしき外国人が多数確認されたという証言がある。

2015年にはイエメンで、アメリカのスピアー・オペレーションズ・グループがアラブ首長国連邦の依頼により、イエメンにいる政敵の暗殺作戦を実行していた。

2020年代

2022年ロシアのウクライナ侵攻にて、ロシアのワグネル・グループがロシア正規軍と並んで主要な軍事力として機能している[9][10]。ワグネルは元正規軍兵士だけでなくロシア国内の刑務所で囚人を戦闘員として参加させ[11]、生還した者には恩赦を与えていた。ドンバス地域のバフムートを掌握するための戦闘に中心的な役割を果たす[12]などの戦果を上げてき、それに伴いワグネルの能力も認められ、創始者のエフゲニー・プリゴジンのロシアにおける政治的な評価が高まった[13]。しかしやがてプリゴジンはセルゲイ・ショイグ国防大臣やワレリー・ゲラシモフ参謀総長を痛烈に批判するようになり、2023年6月23日には武装蜂起を宣言するに至った[12]

これに対しウクライナ側も外国人義勇兵を多く募集した他、ウクライナ軍への訓練及び人命救助活動を実施するため、米軍の元将兵などで編成されたモーツァルト・グループという民間軍事会社が活動を行っている[14][15][16][17]


注釈

  1. ^ アメリカの「グレイストーン」、イギリスの「イージス」、ポーランドの「ASBCオタゴ」の名前が挙がっている
  2. ^ グリーンベレーのトム・カーティスとマット・マンによって設立された民間軍事会社。後に元デルタフォースのイギー・バルデラスも経営陣に入る。
  3. ^ 元イギリス軍人のジョナサン・ガラットと南アフリカの外交官でナミビアの統治副責任者であったショーン・クリアリーによって創設された会社。
  4. ^ 元SAS隊員のアルスター・モリソンによって設立された会社。後にG4Sに吸収される。

出典

  1. ^ Hawkins, Virgil. “戦争の民営化?民間軍事会社の台頭 |”. GNV. 2019年1月19日閲覧。
  2. ^ NHK(2020年1月4日)「ゴーン被告 “箱に隠れ出国” 元米軍特殊部隊員関与か
  3. ^ アルジェリア人質事件で注目 日本人が知らない「民間軍事会社」の実態”. 週刊ダイヤモンド. 2015年4月17日閲覧。
  4. ^ 朝日新聞(2020年1月4日)「ゴーン被告、プロが逃がす?元グリーンベレーの名前浮上
  5. ^ 民間軍事会社の指針採択 国際人道法順守で17カ国 共同通信 2008年9月18日
  6. ^ プーチン大統領の傭兵部隊”. 隔月刊国際情報誌グローバルヴィジョン. 2018年12月26日閲覧。
  7. ^ The American mercenary behind Blackwater is helping China establish the new Silk Road”. Quartz. 2018年9月10日閲覧。
  8. ^ ERIK PRINCE IN THE HOT SEAT”. The Intercept. 2017年12月10日閲覧。
  9. ^ Ma, Alexandra (2022年3月9日). “Ukraine posts image of dog tag it said belonged to a killed mercenary from the Wagner Group, said to be charged with assassinating Zelenskyy”. Business Insider. 2022年8月17日閲覧。
  10. ^ ロシアがウクライナ、イギリスに配備した何千人ものワグネル・グループ傭兵:3,000人が死亡、200人が任務遂行に失敗”. VOI (2022年4月20日). 2022年8月17日閲覧。
  11. ^ ЧВК «Вагнера» вербует заключенных колоний Петербурга для поездки на Донбасс «идти в авангарде, помогать обнаруживать нацистов»” (ロシア語). istories.media (2022年7月4日). 2022年7月31日閲覧。
  12. ^ a b “激戦地バフムート、ワグネルとロシア国防省が掌握を宣言”. CNN.co.jp. CNN. (2023年5月21日). https://www.cnn.co.jp/world/35204097.html 2023-06-245閲覧。 
  13. ^ “ワグネルのトップ、怒りのボルテージ上げる これは何を意味するのか?”. CNN.co.jp. CNN. (2023年5月13日). https://www.cnn.co.jp/world/35203744.html 2023年6月24日閲覧。 
  14. ^ Gettleman, Jeffrey (2022年10月9日). “An American in Ukraine Finds the War He's Been Searching For” (英語). The New York Times. ISSN 0362-4331. https://www.nytimes.com/2022/10/09/world/europe/ukraine-war-americans.html 2022年10月26日閲覧。 
  15. ^ Mozart Group: the western ex-military personnel training Ukrainian recruits” (英語). the Guardian (2022年8月5日). 2022年10月26日閲覧。
  16. ^ その名は「モーツァルト」、大義に燃えるウクライナ外国人志願兵部隊の活躍”. JBpress (2022年11月9日). 2022年11月21日閲覧。
  17. ^ ロシア「ワグネル」ならウクライナは「モーツァルト」 支援組織立ち上げ”. AFPBB News (2022年9月29日). 2022年11月21日閲覧。
  18. ^ 警備の仕事のはずが…UAE企業、スーダン人をリビア・イエメン紛争にあっせんか”. AFP (2020年1月31日). 2020年2月1日閲覧。





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