ガラス ガラスの歴史

ガラス

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/02/04 03:56 UTC 版)

ガラスの歴史

概説

もともとは植物の灰の中の炭酸カリウムを砂の二酸化ケイ素と融解して得られたので、カリガラスが主体であった。灰を集めて炭酸カリウムを抽出するのに大変な労力を要したのでガラスは貴重なものであり、教会の窓、王侯貴族の食器ぐらいしか用いられたものはなかった。産業革命中期以降、炭酸ナトリウムから作るソーダ石灰ガラスが主流になった。炭酸ナトリウムはソルベー法により効率よく作られるようになったが、現在は天然品(トロナ)を材料に用いることもある。天然の炭酸ナトリウム産地としては米国ワイオミング州グリーン・リバーが一大産地であり、世界中の天然品需要の大半をまかなっている。埋蔵量は5万年分あるとされている。

ガラス製造の開始

ガラスの歴史は古く、紀元前4000年より前の古代メソポタミアで作られたガラスビーズが起源とされている[17]。これは二酸化ケイ素(シリカ)の表面を融かして作製したもので、当時はガラスそれ自体を材料として用いていたのではなく、陶磁器などの製造と関連しながら用いられていたと考えられている。原料の砂に混じった金属不純物などのために不透明で青緑色に着色したものが多数出土している。

なお、黒曜石など天然ガラスの利用はさらに歴史をさかのぼる[17]。黒曜石は火山から噴き出した溶岩がガラス状に固まったもので、石器時代から石包丁や矢じりとして利用されてきた。黒曜石は青銅器発明以前において最も鋭利な刃物を作ることのできる物質であったため、交易品として珍重され、産出地域から遠く離れた地域で出土することが珍しくない。青銅器が発明されなかった文明や、発明されても装飾品としての利用にとどまったメソアメリカ文明インカ文明においては、黒曜石は刃物の材料として重要であり続け、黒曜石を挟んだ木剣や石槍が武装の中心であった。

古代ガラスは砂、珪石、ソーダ灰、石灰などの原料を摂氏1,200度以上の高温で溶融し、冷却・固化するというプロセスで製造されていた。ガラス製造には大量の燃料が必要なため、ガラス工房は森に置かれ、燃料を木に頼っていた。そのため、その森の木を燃やし尽くしたら次の森を探すというように、ガラス工房は各地の森を転々と移動していたのである。ガラス工場が定在するようになったのは石炭石油が利用されるようになってからである。

エジプトや西アジアでは紀元前2000年代までに、一部の植物や天然炭酸ソーダとともにシリカを熱すると融点が下がることが明らかになり、これを利用して焼結ではなく溶融によるガラスの加工が可能になった。これが鋳造ガラスの始まりである。紀元前1550年ごろにはエジプトで粘土の型に流し込んで器を作るコア法によって最初のガラスの器が作られ、特にエジプトでは様々な技法の作品が作製され、西アジアへ製法が広まった。

新アッシリアのニムルドでは象嵌のガラス板数百点が出土している。年代の確実なものとしては、サルゴン2世(紀元前722年~紀元前705年)の銘入りの壷がある。アケメネス朝ペルシアでは、新アッシリアの技法を継承したガラス容器が作られた。紀元前4世紀から同1世紀のエジプトでは王家の要求によって高度な技法のガラスが作られ、ヘレニズム文化を代表する工芸品の一つとなった。

中国大陸では紀元前5世紀には鉛ガラスを主体とするガラス製品や印章が製作されていた。

古代のガラス

古墳時代に日本に伝来した
西アジア製のガラス碗
ササン朝のカットグラス、伝安閑陵古墳(大阪府羽曳野市)出土。国の重要文化財東京国立博物館展示。

エジプトのアレクサンドリアで、宙吹きと呼ばれる製造法が紀元前1世紀の後半に発明された。この技法は現代においても使用されるガラス器製造の基本技法であり、これによって安価なガラスが大量に生産され、食器や保存器として用いられるようになった。この技法はローマ帝国全域に伝わり、ローマガラスと呼ばれるガラス器が大量に生産され、東アジアにまでその一部は達している[18]。この時期には板状のガラスが鋳造されるようになり、ごく一部の窓にガラスが使用されるようになった[19]。また、ヘレニズム的な豪華なガラスも引き続き製造されていた。しかしローマ帝国の衰退とともにヨーロッパでの技法が停滞した。一方、東ローマ帝国の治める地中海東部やサーサーン朝ペルシャや中国大陸の北魏南朝では引き続き高水準のガラスが製造されている[20]。日本では福岡県の須玖五反田遺跡などで古代のガラス工房があったことが確認されている。

5世紀頃、シリアでクラウン法の原形となる板ガラス製造法が生み出された。これは一旦、手吹き法によりガラス球を造り、遠心力を加えて平板状にするもので、仕上がった円形の板を、適宜、望みの大きさや形に切り出すことができるメリットがあった。また、この技法によって凹凸はあるものの一応平板なガラスを製造することには成功した[21]

中世のガラス

イスラム圏では8世紀にラスター彩色の技法が登場した。この技法は陶器にも用いられたが、ガラスに先に使われた。9世紀から11世紀の中東では、カット装飾が多用された。また、東ローマ帝国では盛んにステンドグラスが製造された。

8世紀頃から、西ヨーロッパでもガラスの製作が再開した。12世紀には教会ゴシック調ステンドグラスが備わるようになり、13世紀には不純物を除いた無色透明なガラスがドイツ南部やスイス、イタリア北部に伝来した。

良質の原料を輸入できたヴェネツィアのガラス技術は名声を高めたが、大火事の原因となった事と機密保持の観点から1291年ムラーノ島に職人が集中・隔離された。ここでは精巧なガラス作品が数世紀にわたって作られ、15世紀には酸化鉛と酸化マンガンの添加により屈折率の高いクリスタルガラスを完成させた。

操業休止期間の他国への出稼ぎなどによって技法はやがて各地に伝わり、16世紀には北ヨーロッパスペインでも盛んにガラスが製造された。この頃、中央ドイツボヘミアでもガラス工房が増えている。これは原料となる灰や燃料の薪が豊富であり、かつ河川沿いにあり都市への物流に好都合だったためである。

また、15世紀には西欧各地でさかんにステンドグラスが製造された。当時の平坦なガラスは吹いて作ったガラスを延べてアイロンがけすることで作られていた。

日本では8世紀から16世紀までガラス製造が衰退した[5]

近世

1670年代に入ると、ドイツ・ボヘミア・イギリスの各地でも同時多発的に、無色透明なガラスの製法が完成した。これは精製した原料にチョークまたは酸化鉛を混ぜるものである。この手法によって厚手で透明なガラスが得られ、高度な装飾のカットやグレーヴィングが可能になり、重厚なバロックガラスやロココ様式のガラスが作られた。また、アメリカ合衆国ではヴァージニア州に来たヨーロッパからの移民がガラスの生産を始めた。産業的にはなかなか軌道に乗らなかったが、大規模な資本の投下が可能な18世紀末になると豊富な森林資源を背景に工場生産が行なわれるようになった。18世紀に入ると、フランスで板ガラスの鋳造法が開発され、また同時期に吹きガラス法を利用して大型の円筒を作り、それを切り開いて板ガラスを製造する方法が開発され、この2つの方法は20世紀初頭にいたるまで板ガラス製造の基本技術であり続けた[22]

日本では徳川吉宗の書物の輸入解禁によって、江戸切子などが作られた。

19世紀に入ると、原料供給や炉に大きな進歩が相次いで起き、ガラス工業の近代化が急速に進んだ。1791年には炭酸ナトリウム(ソーダ灰)の大量生産法がフランスのニコラ・ルブランによって発明され、このルブラン法によって原料供給が大きく改善された。1861年にはベルギーエルネスト・ソルベーによってより経済的なソルベー法が開発され、さらにソーダ灰の増産は進んだ。ガラスを溶かす窯にも大きな進歩が起きた。フリードリヒ・ジーメンスらが1856年特許を取得した蓄熱式槽窯を用いた製法により、溶融ガラスの大量供給が可能となった(ジーメンス法)。この平炉法はガラス炉として成功し、以後の工業的ガラス製造の基本となったのち、改良を加え製にも使用された[23]。こうしたガラス供給の増大によって価格が低落し、また窓ガラス、さらには望遠鏡顕微鏡といった光学用のガラスなどの用途・需要が急増したため、各国に大規模なガラス工場が相次いで建設されるようになった。1851年には世界初の万国博覧会であるロンドン万国博覧会が開催されるが、そのメイン会場として建設された水晶宮は鉄とガラスによって作られた巨大な建物であり、科学と産業の時代の象徴として注目を浴びた。

19世紀末から20世紀初頭にかけてのアール・ヌーヴォーはガラス工芸にも大きな影響を与え、エミール・ガレルイス・カムフォート・ティファニーなどの優れたガラス工芸家が現れ多くの作品を残した。

現代

1918年(大正7年)竣工の旧来住家住宅に使用されている板ガラス

1903年、板ガラス製造用の自動ガラス吹き機がアメリカで開発され、熟練工を必要としないことから各国に急速に普及したが、やがて機械による引上げ式にとってかわられた。1950年代、ピルキントンフロートガラスの製造を開始した。このフロートガラスの開発によって、現在使用されている板ガラスの基本技術が完成し、安価で安定した質の板ガラスが大量生産されるようになった。

1970年にドイツ人のディスリッヒによって考案されたゾル-ゲル法が、ガラスの新しい製造法として登場した。これまでガラスを製造する方法は原料を摂氏2,000度前後の高温によって溶融する必要があったが、ゾル-ゲル法ではガラスの原料となる化合物や触媒を有機溶液に溶かし込んで、摂氏数十度の環境で加水分解と重合反応を経て、溶融状態を経由せずに直接ガラスを得る。実際は完成したゲルが気泡を含むため、最終的には摂氏1,000度程度に加熱して気泡を抜いてやる必要がある。この方法の発明によって、ガラスに限らず有機無機ハイブリッド材料の創製など、従来では考えられなかった用途が開かれてきている[5]

近年では摂氏10000度のプラズマを利用して原料を一瞬で溶かす方法が実用化に向けて開発中であるが[24]、実用化には至っていない。

現在、ガラスは食器や構造材のみならず、電子機器光通信など幅広い分野で生活に必要不可欠なものとなっている。


  1. ^ 瑠璃コトバンク
  2. ^ a b 日本化学会編「化学便覧応用化学編-第6版-第I分冊」丸善, 2002年(平成14年), 13.5 汎用ガラス・ほうろう
  3. ^ 「琺瑯(グラスライニング)」 (PDF) 『セラミックス』43(2008) No.9 P.762
  4. ^ 濱田利平「琺瑯の歴史について」『神鋼環境ソリューション労働組合-オープンハウスセミナー』Vol.43(2005/04/23)
  5. ^ a b c 作咲済夫著 『ガラスの本』 日刊工業新聞 2004年(平成16年)7月30日 初版一刷 ISBN 4-526-05310-4
  6. ^ W. H. Zachariasen, 1932:J. Am. Chem. Soc., 54, 3841-3851
  7. ^ B. E. Warrem, 1940, Chem. Rev., 35, 239-255.
  8. ^ Kuan-Han Sun, 1947, J. Am. Ceram. Soc., 30, 277-281.
  9. ^ J. T. Randall, H. P. Rooksby, B. S. Cooper, 1930, J. Soc. Glass Tech., 14, 219T.
  10. ^ E. A. Pporai-Koshits, 1959, Glastech. Ber., 32, 140-149.
  11. ^ H. Rawson, Inorganic Glass-Forming Systems. Academic Press, 1967.
  12. ^ 長倉三郎、他(編)「岩波理化学辞典-第5版」岩波書店, 1998年(平成10年)2月
  13. ^ ギヤマン彫. コトバンクより。
  14. ^ The Nature of Glass Remains Anything but Clear The New York Times. JULY 29, 2008
  15. ^ ガラス特性の定説、覆る可能性 ナショナルジオグラフィック日本語版サイト
  16. ^ 「理科年表第81冊」、P381 ISBN 978-4-621-07902-7
  17. ^ a b ニューガラスフォーラム編『ガラスの科学』日刊工業新聞社、2013年、2頁。 
  18. ^ 漢代の遺跡から出土したガラス器をみることができる
  19. ^ 「板ガラスの製造技術の歴史」内「古代ローマの鋳造法」 旭硝子 2015年6月14日閲覧 [リンク切れ]
  20. ^ 「東アジアで出土したガラス容器資料(三国~北魏並行期)」
  21. ^ 「板ガラスの製造技術の歴史」内「クラウン法」 旭硝子 2015年6月14日閲覧 [リンク切れ]
  22. ^ 黒川高明『ガラスの技術史』p227(アグネ技術センター, 2005年7月)
  23. ^ 中沢護人、「研究解説 :平炉法の発明の経過」『生産研究』 1964年 16巻 9号 p.243-248 , NCID AN00127075, 東京大学生産技術研究所
  24. ^ 酒本修、「革新的省エネルギーガラス溶解技術」 Res. Reports Asahi Glass Co., Ltd., 59 (2009)
  25. ^ ガラス張り(ガラスバリ)とは コトバンク






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