ファスト映画
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2024/02/14 04:49 UTC 版)
ファスト映画を作成して公開することは、著作権を侵害する違法行為である[1]。日本では懲役刑および罰金刑を科す判決[6]、並びに著作権者からの損害賠償請求も行われている[7]。こうした動画に字幕やナレーションを付けるなどして、諸権利を有しない個人がインターネット上にアップロードするなどし、不特定多数と共有しようとする行為は法令違反(同一性保持権や翻案権などの侵害)となる[8]。
概説
通常、映画配給会社は自社の扱う映画の予告編などをYouTubeなどの一般の動画サイトにアップロードして、宣伝などに広く活用している。一方でこれらの動画共有サービスは映画配給会社以外の個人も幅広く動画を自由にアップロードできるものであり、中には映画の映像や静止画を使用して動画投稿を行う者もいる。
その中でも権利者に無断で映画の映像や静止画を使用し、字幕やナレーションを付けるなどして映画自体を観なくても映画全体のストーリーがわかるように説明した短めの動画を頻繁にアップロードする者がおり、それらの動画がファスト映画と呼ばれている[3][9]。1本の映画あたり10分程度にまとめられている[3][10]。映画のあらすじや結末をネタバレ含めて解説するものなどもある[9]。
ファスト映画では映画の一部のみの映像や静止画しか使われていないが[8]、投稿前の編集作業の過程の各行為および投稿行為そのものにより、多段階の著作権・著作者人格権侵害を発生させ得るものとされている[11]。
電通メディアイノベーションラボの主任研究員である天野彬は、コンテンツが溢れている現代では、限られた時間で効率よく楽しむ『タイムパフォーマンス』が重視されるようになり[12]「無料のファスト映画をたくさん視聴した方が得」という心理[13]、話題について行くために粗筋だけでも把握したいという需要、新型コロナウイルスの影響による「巣ごもり需要」の影響があると指摘している[8]。
映画コメンテーターの齊藤進之介は、短時間で観たような気になれることや、コメント欄で映画の感想が読める点が広まった理由としている[14][15]。
被害
2021年に報道されたコンテンツ海外流通促進機構による調査によれば、少なくとも55のアカウントから2100本余りの動画が投稿されているという[3]。1本で再生回数が数百万回に達しているものもあり、投稿者は再生回数に応じて広告収入を得るが、本編を見られなくなることによる映画会社の被害は、コンテンツ海外流通促進機構によると956億円と推計されている[3][16]。コンテンツ海外流通促進機構の後藤健郎代表理事は「ファスト映画を見た人が本編を見ないことにつながりかねず、被害は甚大」と危機感を表明した[3]。 ファスト映画の中には、タイトルや説明欄に映画タイトルを記載しないようにして発見されづらくしたり、静止画を多く取り入れてコンテンツIDによる検知をすり抜けようとしているものも確認されている[4]。
2021年6月20日に日本放送協会(NHK)の『NHKニュース7』にて報じられた結果、ファスト映画を扱う多くのチャンネルが動画を削除するなど撤退の動きを見せた[4][17]。
同年6月23日には、宮城県警察本部が北海道札幌市や東京都渋谷区に住む男女3人を著作権法違反の疑いで逮捕し、ファスト映画をめぐって逮捕された日本での全国初の事例となった[18][19]。警察は動画サイトからの広告収入が目的だったとみており[20]、実際に2019年からの2年間で450万円以上の収入があったとしている[19]。また、宮城県警はこの動画のナレーションに関わったとして、神奈川県川崎市に住む男性も同年7月に書類送検し、後に映画会社1社との間で1000万円を超える賠償金を支払うことなどで和解したと同年8月に報じられた[21]。
宮城県警では、大学生のボランティアの協力も得てネット上の著作権侵害コンテンツのリストを作成しており、ファスト映画の投稿により逮捕された者もこの過程で捕捉された事例がある[22]。
ファスト映画の投稿者の中には犯罪という認識がない者や[23][24][25][26][27][28][29][30][31]、映画の宣伝であり業界に貢献していると思っている者もおり、著作権に関する教育が遅れていることが指摘されている[32]。
違法性
ファスト映画の製作・投稿の過程では、次のように多段階の著作権・著作者人格権の侵害が発生する[33][4]。
- 元の映画の取得:複製権侵害
- ファスト映画製作のための編集行為:翻案権、同一性保持権侵害
- 配信サイトへの投稿:公衆送信権侵害
「映画解説」という名目も、映像を未許可で編集し使用する場合、著作権保護が施されているDVDのコピーガードを破って映像を利用するだけでも法的な問題は生じる[34]。
YouTubeにおいては、Content IDという仕組みにより、音楽や映像の特徴を抽出し、著作権者が存在する場合には権利者に収益が還元されるというシステムが存在し、著作権者に動画投稿者の広告収入の一部が分配される事例がないわけではないが[34]、仮にそのような場合であっても著作権者の許諾が存在するということを意味するものではなく[35]、違法性の判断を左右するものではない[33]。Content IDは「ネットで動画が共有されることによる著作権者の不利益を是正するための仕組み」にすぎず、著作権者によるライセンスの存在を表すものではない[34]。
これに対し、音楽の場合は問題になることは少ないが、著作権者とYouTubeなどのプラットフォームと間で包括的許諾契約が締結されているという点で映画とは前提を異にするから[35]、比較対象とはならない。 違法な配信行為を行う者はいつでも法的責任を問われ得る状況にある[34]。
ファスト映画の投稿を行う者らは、「引用の範囲内であり適法である」などと主張することがあるが[35][36]、ファスト映画で使用されている映像・画像は引用の範疇を越えていると指摘されている[13]。多くのファスト映画と呼ばれる動画は、引用部分とそれ以外の部分の主従関係が明確でなく、報道・批評の目的の範囲であるとも言い難いためである[37]。文部科学省も、「ごく短い内容紹介、もしくは映画の映像や静止画を感想や論評を紹介するために一部で従属的に使用する場合などは、著作権者の了解は必要ない」としつつも[3]、「映画の映像や画像を許可なしにアップするのは違法」であり、「単純に短くして紹介することは引用とは認められない」というコメントを出している[37]。
漫画村やファスト映画の摘発に協力している中島博之弁護士は「悪質さで言えば漫画村と変わらない」と述べ[4]、さらに「映画が公開されてすぐに作品のミステリアスなラスト部分を声高に発信してしまうと、営業妨害や不正競争防止法などに触れる可能性もあります」としている[38][39]。
ファスト映画の作成者および配信者側の主張は全て退けられると考えて良いとされている[34]。
ファスト映画に限らず、侵害コンテンツの投稿による著作権侵害は投稿された時点で既遂となり、後から侵害コンテンツを削除しても罪を免れられるわけではなく、削除済みコンテンツについても投稿者を特定する方法は存在する。2022年に施行される改正プロバイダ責任制限法により発信者情報開示請求の手続が迅速化されることもあり、同年以降は権利侵害者に対する責任追及が容易化・迅速化されることが予想されている[33]。
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