シュルレアリスム シュルレアリスムの概要

シュルレアリスム

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シュルレアリスムの出版社「オ・サン・パレイユ」で開催されたマックス・エルンスト展(1921年5月2日):左から同社創設者ルネ・イルソム、バンジャマン・ペレ、セルジュ・シャルシューヌフランス語版フィリップ・スーポー(上部)、ジャック・リゴーフランス語版(逆さま)、アンドレ・ブルトン

一方、フランスのシュルレアリスムが日本において前衛芸術として発展を遂げたのは1930年代以降のことであり、以後、ブルトンが提唱した無意識の探求という本来の目的から離れ、「現実離れした奇抜で幻想的な芸術」という意味で「シュール」という日本独自の概念・表現が生まれることになった[2]

歴史

1910年代に詩集『アルコール英語版 』(1913年)によってフランス詩を大きく変え[3]、美術評論『キュビスムの画家たち英語版』(1913年)によってピカソブラックピカビアデュシャンらの前衛芸術家を支持したギヨーム・アポリネールは、アンドレ・ブルトン、フィリップ・スーポーピエール・ルヴェルディら、後にシュルレアリスト運動を牽引することになる若手作家をつなぐ役割を果たした[4]。1917年に初演され、一大スキャンダルを巻き起こした、ジャン・コクトー台本エリック・サティの音楽、パブロ・ピカソ舞台芸術レオニード・マシーン振付による前衛バレエパラード』を支持し、プログラムを書いたのもアポリネールであった。彼はこのプログラムで初めて「シュルレアリスム」という言葉を用いた[5]。さらに、翌1918年にはシュルレアリスム演劇の先駆となった彼自身の戯曲『ティレジアスの乳房』が上演された[6]。 シュルレアリスム運動を牽引したブルトン、アラゴン、エリュアール、スーポー、バンジャマン・ペレらは1910年代末から1920年代初頭にかけて起こった文学・芸術運動ダダイスムにも参加していた。ブルトン、アラゴン、スーポーが創刊した「反文学」の文学雑誌『リテラチュール(文学)』には、1920年にトリスタン・ツァラをはじめとし多くのダダイストが寄稿し、ダダイスムの機関誌の役割を担っていたが[7]、1921年頃からブルトンとツァラが対立し、運動内部の分裂につながった。根本的には、既成の秩序を破壊し、すべてを無意味化しようとするダダイストと、むしろ無意味、あるいは従来無意味とされてきたや無意識のなかに意味を見いだそうとする後のシュルレアリストの思想的な対立であった[8]

カール・ヴァン・ヴェクテンによるダリ(左)とマン・レイの肖像写真(1934年、アメリカ議会図書館蔵)

1924年10月にパリ7区グルネル通りフランス語版に「シュルレアリスム研究所」が設立され、ブルトンの『シュルレアリスム宣言』が刊行された。彼は本書で初めて「シュルレアリスム」に明確な定義を与えた(上述)。シュルレアリスムの思想的基盤はフロイトとマルクスにあった。フロイト『夢判断』が発表されたのは1900年のことであり、医学生であったブルトンは、フロイトの精神分析における夢の世界と現実の世界、睡眠状態と覚醒状態の関係に関心を抱き、無意識の探求に人間の全体性の回復、人間解放の可能性を見いだした[9][10]。同年12月にブルトン、アラゴン、ペレ、ピエール・ナヴィルによって機関誌『シュルレアリスム革命』が創刊された。本誌では、催眠実験、自動記述の記述などによる無意識の表現、「優美な屍骸」、コラージュフロッタージュデカルコマニーデペイズマンの技法など、シュルレアリスムの主なテーマがすべて取り上げられた[11][12]。参加した文学者はブルトン、アラゴン、エリュアール、スーポー、ペレのほか、アントナン・アルトーレーモン・クノールネ・クルヴェルルネ・シャールロベール・デスノスミシェル・レリス、芸術家はルイス・ブニュエルジャン・アルプマックス・エルンストジョルジョ・デ・キリコパウル・クレーオスカー・ココシュカサルバドール・ダリイヴ・タンギーパブロ・ピカソフランシス・ピカビアジョルジュ・ブラックルネ・マグリットアンドレ・マッソンジョアン・ミロマン・レイピエール・ロワらであった[11][12]

『シュルレアリスム革命』誌第8号の表紙(1926年12月)- フォト・モンタージュまたは「寄せ絵」による作品[13]

『シュルレアリスム革命』誌は、ブルトンの「シュルレアリスム第二宣言」が掲載された1929年12月15日付の第12号をもって終刊となった。この時点までに、運動内部での方針の不一致や対立によって脱会する者、あるいはブルトンに除名された者が少なくなかった。スーポー、デスノス、レリス、アルトーらであり、彼らは、アラゴン、エリュアール、ブルトン、ペレらが1927年にフランス共産党に入党したのに対して、政党に関わることは拒否した[14]。こうして、共産主義への傾倒を深めたシュルレアリストは、『シュルレアリスム革命』誌終刊翌年の1930年に後続誌『革命に奉仕するシュルレアリスムフランス語版』誌を創刊した。だが、この雑誌は1933年にわずか6号で終刊となった。内部対立が激化したからであり、その一因は、アラゴンが社会主義リアリズムに転向したことであった。運動自体は左傾化したものの、シュルレアリスムが文学・芸術革命に留まるか、社会革命に発展させるか、ファシズムが台頭した第二次世界大戦前夜にあって状況は一層複雑であった[15][16]

また、『革命に奉仕するシュルレアリスム』誌の後続誌で、シュルレアリスムの美術雑誌としても重要なのは『ミノトールフランス語版』であった。アルベール・スキラフランス語版を発行人、テリアードフランス語版を美術主幹として1933年6月に創刊された同誌は、1937年の第10号からブルトン、エリュアール、デュシャンらが編集委員として参加し、事実上、シュルレアリスムの雑誌となり、オーストリアの画家ヴォルフガング・パーレンドイツ人形作家・写真家ハンス・ベルメールベルギーの画家ポール・デルヴォーチリの画家ロベルト・マッタスイス彫刻アルベルト・ジャコメッティらの作品が掲載された[13][17]

第二次大戦が勃発し、ナチス・ドイツがフランスを占領すると、多くのシュルレアリストが米国に亡命した。これは、フランスのユダヤ人反ナチ運動家らを米国に疎開させるために結成された緊急救助委員会 (ERC) によって派遣されたヴァリアン・フライフランス語版の尽力によるものであり[18]、エルンストやデュシャンのように、美術品蒐集家・資産家のペギー・グッゲンハイムフランス語版から個人的な支援を受けて渡米したシュルレアリストもいた[19]。彼らは戦時中にニューヨークを拠点として活動することになり、米国の画家らもシュルレアリスムの運動に参加した。アメリカで広がりを見せたシュルレアリスムは、抽象表現主義の誕生において重要な役割を果たすことになった[20]

1946年に亡命先の米国から帰国したブルトンは、1947年7月7日から9月30日までパリのマーグ画廊フランス語版で第6回国際シュルレアリスム展を開催した[13]。この展覧会には、デュシャン、エルンスト、タンギー、ミロ、アルプ、ピエール・ロワ、パウル・クレー、ヴィクトル・ブローネル、ヴォルフガング・パーレン、ハンス・ベルメール、ロベルト・マッタら戦前からのシュルレアリストのほか、ヴィフレド・ラムアーシル・ゴーキーマルセル・ジャンフランス語版フレデリック・キースラーケイ・セージドロテア・タニングトワイヤンらの作品が多数展示され、シュルレアリスムの大規模な回顧展となった[21]

1966年にブルトンが死去した。これにより、シュルレアリスムの詩人ジャン・シュステルフランス語版が、1969年に『ル・モンド』紙に「第四のうた」と題する記事を掲載して運動の終結を宣言した[22][23]。この宣言は、日本でも「第四のうた - 宣言の形で」として1970年12月の『美術手帖』第336号に邦訳が掲載された[24]。だが、シュステルのこの宣言に反対するシュルレアリスムの詩人ヴァンサン・ブーヌールフランス語版美術評論家造形作家ジャン=ルイ・ベドゥアンフランス語版らは活動を継続した。以後も個々の制作活動とは別に機関誌の刊行などを続け、他のシュルレアリストに受け継がれている[注 4]。一方、他国に広がったシュルレアリスムはシュステルの宣言の影響を受けることなく、独自の活動を展開した。

2024年、1924年にブルトンが『シュルレアリスム宣言』を発表してから100年となる節目の年を迎える[25]

各国のシュルレアリスム

スペイン

1920年代にはフランス国外でもブルトンらの影響のもとに、あるいは独自に前衛文学・芸術運動が起こった。1927年にスペインの詩人フェデリコ・ガルシーア・ロルカラファエル・アルベルティビセンテ・アレイクサンドレルイス・セルヌーダスペイン語版らによって結成された27年世代[26]隠喩諧謔を用いた新しい表現形式「グレゲリーアスペイン語版」を生み出したラモン・ゴメス・デ・ラ・セルナスペイン語版[注 5]、しばしばシュルレアリスムの影響が指摘されるが、直接運動に関わったわけではない[27]。スペインからは、彼らと親交の深かった画家のサルバドール・ダリ、映画監督のルイス・ブニュエルが1920年代末頃にシュルレアリスムの運動に参加し、さらに画家のオスカル・ドミンゲスは1930年代に入ってから参加した。フロイトがダリに出会ったのは1938年のことであった。この出会いは、シュルレアリスムに対するフロイトの認識を変えるほどのものであり、彼はシュテファン・ツヴァイクへの手紙に「私はシュルレアリストに守護聖人と仰がれていたが、それまでは彼らのことをまったくの狂人だと思っていた(アルコール含有量で言うなら狂気95%程度)。このスペイン人の若者の純真で熱狂的なまなざし、そして疑う余地のない卓越した技術力が私の認識を変えた」と書いている[28]

スペイン - メキシコ - オーストリア

一方、1936年にスペイン内戦下のバルセロナでバンジャマン・ペレに出会って渡仏し、シュルレアリスムの運動に参加した画家レメディオス・ヴァロは、第二次大戦中にペレとともにメキシコに亡命し、同地で知り合ったイングランド生まれの画家・小説家のレオノーラ・キャリントンとともに神秘思想や先住民の神話伝説の影響の強い画風によって1940年代以降のメキシコのシュルレアリスムを牽引した[29]。一方、メキシコ文学におけるシュルレアリスムを代表するのはノーベル文学賞を受賞した詩人オクタビオ・パスである[30]。また、大戦中にメキシコに亡命し、同地を拠点として活動した画家に、オーストリア出身のヴォルフガング・パーレンがいる。独自のシュルレアリスム技法「フュマージュ」を生み出したパーレンは1930年代後半にパリでブルトンらと活動を共にし、37年から38年にかけて国際シュルレアリスム展などに代表作を発表し[31][32]、シュルレアリスムの美術雑誌『ミノトール』にも作品を発表した。

このほか、大戦中のシュルレアリストの亡命により、アルゼンチンチリブラジルなど南米各国にシュルレアリスムの運動が広がった。

イングランド - メキシコ

キャリントンがシュルレアリスム運動に参加するきっかけとなったのは、1936年にロンドンのニューバーリントン・ギャラリーで開催された国際シュルレアリスム展英語版で、エルンスト、ダリ、デ・キリコ、マグリットらの作品に出会ったこと、特に同展覧会の英国側の主催者の一人ハーバート・リードが編纂した『シュルレアリスム』に掲載されたエルンストの作品《ナイチンゲールに脅かされる二人の子供》に衝撃を受けたことであった[33][34]。彼女は翌1937年に渡仏して、エルンストのもとに身を寄せた。国際シュルレアリスム展に出展するほか、文学作品は1940年にブルトンが編纂したシュルレアリスムの傑作集『黒いユーモア選集』に掲載された[35][36]

なお、国際シュルレアリスム展は、1936年のロンドン、大規模な回顧展となった1947年のパリのほか、1938年にパリおよびアムステルダム、1940年にメキシコで開催された[30]

ベルギー

ベルギーのフランス語圏では、1924年、『シュルレアリスム革命』誌創刊とほぼ同時に、「ベルギーのブルトン」とも言われる詩人ポール・ヌージェフランス語版[37]、詩人マルセル・ルコントフランス語版、作家カミーユ・ゲーマンスとともにシュルレアリスムの機関誌『コレスポンダンスフランス語版』を創刊した[37]。これに先立って、別の機関誌の創刊を企てていた画家のルネ・マグリットと作家・画家のE・L・T・メザンスフランス語版、および詩人ポール・コリネフランス語版ルイ・スキュトネールフランス語版[38]、作曲家アンドレ・スーリー[39]、作家・写真家マルセル・マリエンフランス語版らがヌージュらと合流し、ベルギー・シュルレアリスムフランス語版を牽引した。画家のポール・デルヴォーもこの運動に一時期参加するが、直接フランスのシュルレアリスム運動に参加したマグリットと違って、ベルギーで活動を続けながら、シュルレアリスム展に出展していた[40]

一方、共産主義との関わりにおいては、1932年にブルトンに出会ってシュルレアリスムに「啓示」を見いだした詩人アシール・シャヴェフランス語版が1934年にラ・ルヴィエールでシュルレアリストのグループ「リュプチュールフランス語版(分裂)」を結成した。これは詩作と社会改革による人間の解放を目指す運動であった[41]

チェコスロバキア

スーポー(左)とネズヴァル(プラハにて、1927年)

チェコスロバキアでは、1924年、フランスの『シュルレアリスム革命』誌、ベルギーの『コレスポンダンス』誌の創刊と機を一にして、芸術家連盟デヴィエトシルフランス語版に参加していた美術評論家・コラージュ作家のカレル・タイゲヴィーチェスラフ・ネズヴァル[注 6]が中心となって前衛芸術運動「ポエティスムフランス語版」が起こった[42]。1927年には、フィリップ・スーポーがプラハロートレアモンに関する講演を行い、これに深い感銘を受けたタイゲがスーポーの協力を得て、ロートレアモンの『マルドロールの歌』のチェコ語訳を出版することになった[43][注 7]。スーポーはすでに前年、フランス共産党への入党をめぐってブルトンらと対立し、「文学的すぎる」という理由で除名されていたが[44]、無名のまま没した詩人ロートレアモンの『マルドロールの歌』を最初に発掘し、ブルトン、アラゴンに紹介したのはスーポーであり[45]、こうして、ポエティスムの運動はシュルレアリスムの運動と連動することになった。

ルーマニア

ルーマニアで詩人イラリエ・ヴォロンカルーマニア語版とともにダダイスムの雑誌『75 H.P』を創刊した画家ヴィクトル・ブローネルは、同国の前衛詩人らが結成したドイツ表現主義ロシア構成主義、ダダイスム、シュルレアリスムなどの前衛芸術運動に参加し、この運動の機関誌『ウヌ (Unu)』(1928年創刊、1935年終刊)に作品を掲載していた[46][47][48]。すでに1903年に渡仏し、フランスで美術教育を受けた同郷人のコンスタンティン・ブランクーシと出会ったのは1930年に渡仏したときのことであり、このときイヴ・タンギーを介してデ・キリコとブルトンに出会った彼は、1931年にシュルレアリスムに参加した。第二次大戦中もユダヤ人であるにもかかわらず亡命が叶わず、ニューヨークでの活動には参加せず、やがてブルトンを中心とする運動からは離れるが、生涯にわたってシュルレアリストであった[49][50]

ユーゴスラビア

ユーゴスラビアでは詩人・画家のマルコ・リスティッチ英語版が早くも1925年に『シュルレアリスム革命』誌に詩を寄稿した[51]。1926年から27年にかけてパリに滞在してブルトンらシュルレアリストと親交を深め、コラージュ作品を発表し、帰国後にシュルレアリスム運動を開始し、複数の機関誌を創刊。ユーゴスラビアを代表するシュルレアリストとして文学・芸術作品を発表し続けた[52][53]

日本

日本におけるシュルレアリスムの紹介は、1927年に瀧口修造が刊行したシュルレアリスム詩のアンソロジーが最初とされる[30]。また、ブルトン、エリュアールらと交友のあった山中散生が1933年に巴里東京新興美術展を開催し、1937年に瀧口修造との共同企画、『みづゑ』の後援による海外超現実主義作品展を開催した。これは、エルンスト、タンギー、ミロ、ピカソ、ハンス・ベルメール、マン・レイ、マグリット、デ・キリコ、インドリヒ・スティルスキーヘンリー・ムーアポール・ナッシュなど各国のシュルレアリストの作品377点を集めた大規模な展覧会であり、日本のシュルレアリスム運動における重要な契機となった[54](「日本におけるシュルレアリスム」参照)。

ドイツ

なお、とりわけドイツではファシズムの台頭に伴って多くの作家がフランスに亡命した。ドイツから亡命したシュルレアリスムの画家のうち、エルンストとハンス・ベルメールの作品は1937年にドイツ各地を巡回した退廃芸術展に出品されたうえに、ゲシュタポにより一時レ・ミル収容所に拘留された[55][56]


注釈

  1. ^ 日本では「超現実主義」のほか、カタカナ表記はフランス語と英語の発音が混同され「シュールレアリスム」、「シュールリアリスム」、「シュールレアリズム」、「シュールリアリズム」、「シュルレアリズム」、「シュルリアリズム」、「シュルリアリスム」などの表記揺れがある。
  2. ^ フランス語発音: [sy(ʁ)ʁealism]
  3. ^ 英語発音: [səˈri(ə)lɪz(ə)m]
  4. ^ ジャン=ルイ・ベドゥアンの邦訳には、著書『シュルレアリスムの20年 1939-1959』(三好郁朗訳、法政大学出版局(りぶらりあ選書)1971年)のほか、彼が編纂した『アンドレ・ブルトン』(稲田三吉笹本孝共訳、思潮社(セリ・ポエティク)1969年)、『ブルトン詩集』(稲田三吉・笹本孝共訳、思潮社、1974年)がある。
  5. ^ ラモン・ゴメス・デ・ラ・セルナの邦訳には、『グレゲリーア抄』(2007年)、『乳房抄』(2008年)、『サーカス ― えも言われぬ美しさの、きらびやかにして、永遠なる』(2018年)などがある。いずれも平田渡訳、関西大学出版部(関西大学東西学術研究所訳注シリーズ)。
  6. ^ ヴィーチェスラフ・ネズヴァルは『性の夜想曲 - チェコ・シュルレアリスムの〈エロス〉と〈夢〉』(赤塚若樹訳、風濤社、2015年)やゴシック小説『少女ヴァレリエと不思議な一週間』(赤塚若樹訳、風濤社、2014年)を著している。
  7. ^ 最初の邦訳は、1952年に青柳瑞穂の翻訳により木馬社から刊行された。
  8. ^ 邦訳に『百頭女』(1996年)、『カルメル修道会に入ろうとしたある少女の夢』(1996年)、『慈善週間または七大元素』(1997年)がある。いずれも、巌谷国士訳、河出書房新社河出文庫)刊。

出典

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