W3Cとは? わかりやすく解説

W3C

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/12 22:20 UTC 版)

アーロン・スワーツ」の記事における「W3C」の解説

スワーツは、World Wide Web Consortium (W3C)のRDFコア・ワーキンググループの委員となり、RDF/XMLメディア型定義するRFC 3870を立案したメディア型とは、ファイル・フォーマット表現方法決めてソフトウェアフォーマット識別できるようにするための符号である。例えば、Multipurpose Internet Mail ExtensionsMIME)は、電子メール画像データ表現方法決めてメールソフトデータ識別し画像付きメール表示できるようにした。スワーツたちが作ったRFC3870は、RDFXML形式表現する決めてウェブブラウザフィードリーダーRDF識別できるようにするためのメディア型である。この仕様により、asahi.comRSS見出し配信始めたりウェブサイトプッシュ配信本格化した。ただし、RDFは、単なるRSSではなくセマンティック・ウェブ目指し技術あり難解だったために、その後RSSでは使用されなくなった

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W3C

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/02/12 14:14 UTC 版)

アラン・コトック」の記事における「W3C」の解説

DEC時代ウェブ可能性理解したコトックは、World Wide Web Consortium設立にも関わっている。1994年初めスイスチューリッヒティム・バーナーズ=リーマイケル・ダートウゾスは、MIT新たな組織設立する件を話し合っている。1994年春、コトックらDEC代表者CERNバーナーズ=リー訪れウェブ開発のためのオープン標準作成するコンソシアムの必要性話し合ったリーWeaving the Web で、このDECとの話し合いについて言及している。 1997年3月にはW3Cの副会長となった。 コトックは数百人ものW3Cメンバー勧誘し利害一致する勢力代表するようになり、MITコンピュータ科学・人工知能研究所にあるW3Cのサイト管理し、彼は世界的規模のなW3CシステムWebチーム率いて数百ページ抱えるW3Cのウェブサイトと、メーリングリストアーカイブ管理した。 またコトックはW3Cホスト会員組織オフィスなどの契約関係管理インド中国新たなW3Cの事務所設立する件でも尽力した。W3C管理チームやW3C諮問委員会などと共に途上国向けの会費削減にも取り組んでいる。HTMLに関する特許勧告グループ指揮し、W3Cの特許方針策定にも深く関与した。 コトックはW3Cの活動構成していた、技術社会の領域先導したと言える当時活動にはデジタル署名電子商取引公的政策PICSRDFメタデータプライバシー問題セキュリティ問題などが含まれていた

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