飛蝗の場合
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/19 15:42 UTC 版)
極めて多数のバッタ類が群れをなして飛来し、あらゆる植物を食い尽くしながら(蝗害)移動する飛蝗(ひこう)という現象は、世界各地で見られる。日本でもかつて見られたことがある。往々にしてイナゴと呼ばれることがあるが、分類学上はイナゴ類ではなく、トノサマバッタなどに近いバッタ類である。 これらのバッタ類は、大発生の時のみ発見され、それ以外の時期には見られない。近縁のバッタ類は同一地域に常時観察されるが、それとは外見上で明らかに異なる。一般的に普通の生活をするバッタと、それによく似た群飛性のバッタを比べると、後者がより翅(はね)が長く、跳躍に使われる後脚は短い。また、体色は後者の方が黒っぽい。当然ながら、両者は別種と考えられていた。しかしながら、詳細に調べると、両者の中間型があったり、分類上の重要な特徴とされる生殖器の構造に、はっきりした差異が認められないなどの問題があった。 これらが同一種の変異であることを発見したのは、ボリス・ウヴァロフ(英語版) (1921) である。彼は当初、これらの種の区分を探すために研究を開始したが、やがて群飛性のバッタの卵から中間型や普通の生活のものが生まれるのを発見し、両者が同一の種であり、その中の異なった相であることを確認した。そこで、彼はこの二つの型がどのようにして変化するかを調べ、定住する孤独型からときおり生じる群生相のものが生まれ、それがまとまって移住することで新たな生息地へ移り、そこで再び孤独相を生むのだという「相説」を発表した。彼と親交のあった南アフリカのヤコブス・フォールは孤独相のバッタの幼虫を密集状態で飼うことで群生相に近い中間型が出現することを見いだした。さらにこの状態が続けば、ほぼ二世代を経て、完全な群飛性の型が生じるという。 孤独相から群生相への変異は、生育中の幼生が過密状態で育つことで引き起こされる。ある程度過密な状態で育った幼生は、次第に体色が濃くなり、互いに接近して共に移動する性質が強くなる。それがさらに過密な状態を作り出すという、いわば正のフィードバックが働き、やがて全個体が移動を始めるに至る。移動先で成虫が産卵すれば、その卵から産まれた幼生は初めから群生相的で、生まれてすぐに互いに身を寄せ、共に歩いて移動するという。このように相の変化が世代を越えて引き継がれる傾向がある。 なお、群生相への変化の原因は、1つには物理的接触であり、たとえば幼虫を単独飼育しても、絶え間無く何かが体に触れるような条件をつくれば、群生相に近い姿になる。また、フェロモンの影響もあることが知られる。 一般的な傾向として、乾燥地帯で群飛が始まり、降雨のあった地域で終焉する傾向があるという。つまり、この変異は、生育を維持するのに困難な場所から、新たな生育地への移動を促すという、適応的な意味があるものと考えられる。 日本ではトノサマバッタがこのような相変異をもつことが知られており、過去には小規模ながらも飛蝗が見られた記録がある(*)。近年では、2007年に関西国際空港拡幅のための二期島工事中に、飛蝗が発生した。大阪府立環境農林水産総合研究所・食の安全研究部防除グループによると、2007年6月には、二期島内に3884万匹のトノサマバッタが生息していた。飛蝗による視界妨害や、大量の幼虫を轢くことによるスリップなどの事故防止のため、薬剤散布で防除(駆除)し、100万匹を割ったところで防除を打ち切った。最終的に、エントモフトラ属(ハエカビ属・ハエカビ目)のカビ感染により、トノサマバッタの大発生は終息した。日本ではエントモフトラ属を始めとする天敵が存在するため、平常時はトノサマバッタが大量に生育するような環境は存在しないという。飛蝗の発生が見られるのは、造成地や山火事跡地など、一時的に天敵が存在しない環境である。
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